第98話 自白(1)
翌日曜日。
ルードヴィヒの命に従って、各自情報収集に当たっており、それなりに集まってきてはいるようだ。
幸い、その日も公式の夜会があった。
招待状は来ていなかったものの、主催者と交渉したところ、出席を許可された。アーメント男爵夫人は、もはや社交界における名士になったということなのだろう。
夜会に出席すると、昨日に引き続きアーメント男爵夫人とその庇護者たるローゼンクランツ卿は、注目の的となった。
二人のところには、興味を持った紳士や婦人が入れ替わり立ち替わり挨拶にやってくる。
その中に、バラック侯爵もいた。
事前に示し合わせていたとおり、へカティアがカマをかける。
「これは侯爵様にお声がけいただけるとは、光栄ですわ」
「いえいえ。こちらこそ、あなたのような素晴らしい貴婦人にお相手いただけて幸甚です」
「まあ。たかだか男爵夫人を相手に大袈裟ですこと……」
「それくらいあなたは魅力的ということですよ」
「それは、どうもありがとうございます。
ところで、侯爵様は官憲を管轄なさっているのでしょう?」
「それはそうですが、何か?」
「実は、不穏な噂を耳にしてしまったのですが、恐ろしさで夜も眠れなくて……」
「ほう。それは、どのような?」
「どうも大公女のコンスタンツェ様の暗殺を狙っている者がいるということなんですのよ」
「なんと、大公女様をですか! いったいどのような輩が?」
「それが侯爵級の極高位な貴族がならず者の団体を使ってやらせるということらしくて……」
「それは怪しからん話ですな。それで、噂では、実行者は特定されているのですか?」
「黒幕の貴族の名前まではわからないのですが、ならず者の方は、帝国なんとかという……」
「帝国大道団ですか?」
「そうそう、それですわ」
「そうですか……奴らなら大公女様を狙うということは充分に考えられますね。問題は黒幕の貴族の方ですが……侯爵級ということが本当であれば、数はごく少数に限られますが……何か手掛かりになりそうなことは、噂では何かありませんか?」
「さすがに、そこまでは……お力になれず申し訳ございません」
「いえいえ。今までいただいた情報も十分貴重なものですから……ところで、噂の出所を教えていただくことは?」
「今の不確定な状況では迷惑をかけてしまいかねませんので、そこまでは……」
「わかりました。そこは無理強いをしませんが、もし事件だと確定しましたら、ご協力願うかもしれませんので、あらかじめご承知おきを」
「それは、もちろんですわ」
「では、貴重な情報をありがとうございました。男爵夫人」
侯爵が手を差し出したので、へカティアはこれに応じて握手をした。そのまま、あっさりと侯爵は去っていった。
ルードヴィヒは、その応対の様子を言葉の端々から、仕草や表情に至るまで注意深く観察していたのだが……
(どうも怪しいとこはねぇようだのぅ……)
へカティアにも目配せをしたが、どうも彼女も同意見の様子だ。
そもそもドロテーアはハインリッヒの婚約者の候補ではあるが、大公子の結婚というものは、そう単純ではない
通常は、外国や帝国内の有力な領邦の姫を妻として向かえ、その絆を深めるという、いわゆる政略結婚であることがほとんどだ。このため、大公国内部の貴族から妻を迎えることはない訳ではないが、例は少ない。
既に大公派であるバラック侯爵家から妻を迎えたとして、両家の絆を深める意味はあるが、それは政治的に見て、今必要なことなのか?
それに、そもそもドロテーアは現時点ではハインリッヒの婚約者ではない。
そんな不確定な状態で、コンスタンツェの暗殺を謀るというのは、かなり無謀な博打であり、良識派として内務担当宮中伯まで上り詰めた侯爵の行動としては違和感がある。
(どうもドロテーアの独断と考えた方がよさそうだのぅ……)
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