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第97話 内偵

 大公女宮のヘッド・キッチンメイドは、今日のお茶会で使う食器の準備を終えると言った。


「セカンドシェフ。最終チェックをお願いします」

「ああ。わかった」


 大公女宮でセカンドシェフの職にあるペーター・フォーベックは20台も半ばに差しかかり、そろそろ一本立ちしてもいい年齢となっていた。

 このため、公式の晩餐会などの重要な行事は別として、非公式のお茶会などについては、シェフから一任されて取り仕切っていた。


 ペーターは、食器に傷や汚れがないかといったことを丹念にチェックしていく。

 そしていよいよ大公女が使用するティーポットをチェックする番が来た。

 大公女が使用するティーポットは一番豪華なものと決められており、これが他のテーブルで使用されることはない。


 ペーターは、ヘッド・キッチンメイドに背を向け、隠し持っていたカンタレラのタブレットを(ふた)の裏側に特殊な(のり)で貼り付けた。この糊は、熱に弱く、紅茶を入れたときの蒸気の熱で溶けて下に落ちるという仕掛けになっている。


 緊張で手が震えながら作業をしたので、少しばかり時間がかかってしまった。


 するとヘッド・キッチンメイドが心配そうに聞いてきた。


「大公女様のティーポットに何か問題がありましたか?」

「大丈夫だ。大公女様のティーポットだから、念入りにチェックしていただけだ。問題はない」

「そうですか。それは良かったです」


 その会話の際中、ペーターは、毒を仕込んだのがバレるのではと、緊張して心臓が飛び出る思いだった。


 その後、仕込みを終えたペーターは、お茶会の会場から少し離れた建物の陰から、事の成否を見守っていた。


 すると、ローゼンクランツ卿が毒見をすると言い出したではないか。


(くそっ。これでは計画が失敗してしまう)


 あとは、カンタレラの効き目が少し遅れて効いてくることでも祈るしかなかった。


 しかし、毒入り紅茶を飲んだはずのローゼンクランツ卿はピンピンしているし、続いて飲んだ大公女コンスタンツェにも異常がない。


(これは、いったいどうしたことか…糊をつけ過ぎて落ちなかったとでもいうのか?)


 しかし、よりにもよって、ローゼンクランツ卿に、お茶会の様子を(のぞ)いていたところを見られてしまった。

 ペーターは、何かを気取られたらまずいと思い、その場を急いで後にした。


 が、後から冷静になって考えてみると、自分はお茶会を仕切る立場なのだから、堂々としていれば怪しまれずに済んだと思ったが、後の祭りである。


 その後、下げられたティーポットを確認したが、蓋の裏に仕込んだカンタレラのタブレットは影も形もなかった。


(どういうことだ? 蓋に付いていないということは、下に落ちて紅茶に溶けたはずなのに…)


 ペーターは、この後、事の成否にかかわらず、帝国大道(だいどう)団の幹部であるケヴィンに結果を報告する手はずになっていた。


(これでは、自分が裏切って毒を仕込まなかったように見えてしまう)


 ペーターは、どのように報告したものか、思い悩んだ。

 テロにしろ、暗殺にしろ、帝国大道(だいどう)団のケヴィンは事の成否を確認するため、実行役と接触するだろう。

 真の黒幕は誰だかわからないが、まずはこの現場を押さえて情報を得ることが重要だ。


 このため、ルードヴィヒは、ヴィムをケヴィンに貼り付けて、逐一の行動を監視させることにしていた。


 あとは、テロ又は暗殺未遂の事実を官憲に通報するかどうかだが……


 ルードヴィヒは、会場で見かけた調理人の男が何かしら関与しているという印象を持っていたが、彼は根っからの悪人には見えなかった。

 だとすると、何かのっぴきならない事情で止むを得ず関与したのではないか。それならば、情状酌量の余地はあるだろう。


(官憲に通報するにしても、調理人の事情を調べてからの方が良さそうだのぅ……)


 ルードヴィヒは、そう思った。


     ◆


 夜になって、ケヴィンに動きがあった。

 帝国大道(だいどう)団の建物を出ると繁華街に向かっている。


 ヴィムは、気付かれないようにこれを尾行した。


 そして、ケヴィンは禽鳥(きんちょう)貴族という居酒屋の個室に入っていった。あらかじめ予約がしてあったようだ。


 ヴィムは、建物の天井裏に忍び込むと、ケヴィンを見張った。

 彼には、マリア・テレーゼが発明した動画・音声を記録できるアーティファクトが渡されていた。もし事件に関する会話が行われていればこれで記録して証拠とするのだ。


 程なくして、20代半ば程の年齢でなかなかのハンサムな男性が個室に入ってきた。だが、顔は青ざめ、あからさまに(おび)えている。


「おいっ! 計画は失敗したようじゃねえか。いったいどうなってるんでえ。さては、てめえ、裏切ったんじゃねえだろうなあ」

「ティーポットの蓋に毒を仕込んだことは、神に誓って間違いありません。ただ、後からチェックしてみたら、跡形もなく消えていたんです」


「バカをいうな。毒に羽でも生えて飛んでいったとでもいうのか」

「それが……私にもさっぱりわからなくて……」


「まあ、過ぎたことをあれこれ言っても始まらねえ。もう一度毒を用意するから、今度こそ失敗するなよ。

 逃げたところで、こちとら、てめえの女房と子供の居場所はわかってるんだ。裏切ったら女房・子供の命はないと思え!」

「わ、わかりました」


 そう答えたペーターの声は震え、顔は真っ青だった。


 そして、このやり取りは、ヴィムによって宝珠にしっかりと記録された。


 やがてペーターは帰っていったが、ケヴィンはそのまま個室に留まっている。


 ヴィムは、引き続き監視を続けた。


 しばらくして、女性と男性が個室に入ってきた。


 女の方は、上級庶民風のドレスを着てはいるものの、貴族である雰囲気を隠しきれていない。彼女は、少し派手めな化粧をしており、かなりの美人である。体型はぽっちゃり形で、今人気のグラマーな体型をしている。


 入口には、彼女の護衛と思われるマッチョな体型をした男が控えている。彼も庶民風を装ってはいるが、護衛騎士である雰囲気を隠しきれていない。


(これは……やはり黒幕がいたということか……)


 ヴィムは固唾(かたず)を飲んで監視を続ける。


 貴族と思われる女性が、不機嫌な顔で言った。


「計画は失敗したじゃないの。いったいどういうことなの?」

「それが……実行役に確認しても、原因がさっぱりわからなくて」


「そんなことは言い訳にはならないわ。とにかく、どんな手を使ってでもいいから、早々にコンスタンツェを亡き者にしなさい。そうでないと、私にもあなたたちにも未来はないわ」

「へい。わかりやした。こんどこそ確実にコンスタンツェを仕留めて見せます」


「もう……頼んだわよ。しっかりね」

「今度は失敗しないことを肝に銘じやす」


 そして、このやり取りも、しっかりと宝珠に記録された。


(目的は大公女様の暗殺だったということか……まずは、あの女の正体を突きとめないと……)


 ヴィムは、護衛騎士に注意しながら、女性のあとを尾行する。

 女性は、目立たないように馬車を使用していなかったことが幸いした。


 やがて女性は、バラック侯爵邸へと入っていった。


     ◆


 ヴィムは、ローゼンクランツ新宅へ戻ると見聞きしたことをルードヴィヒに復命した。


「なるほどのぅ。そういうことけぇ」


「ルディ。バラック侯爵邸に入っていった女の特徴からして誰だかわかるけぇ」

「おそらくは、末子のドロテーア様と思われます」


「そいつなら、お茶会でも隣のテーブルに座っとったのぅ。そういやぁ、大公女様のいるテーブルの様子を(うかが)っとった様子が不自然にも見えたが、関係者っちぅなら、それも納得だんが。そんだば、宝珠の記録を見してくれるけぇ」

「はいっ」


 ヴィムが宝珠に記録した動画・音声を再生する。


「こらぁ間違いなくドロテーアだのぅ。これなら十分な証拠になるろぅ」


 ルディが確認する。


「では、証拠もある程度揃いましたし、官憲に通報なさいますか?」

「いや。官憲は内務担当宮中伯(プファルツグラフ)の管轄下にあるすけ、上手くやらねぇともみ消されちまう恐れがあるっっちゃ。

 おらたちでできることはやってから、並行して大公家に通報すればなんとかなるろぅ」


「では、これからどうなさいますか?」


「まずは、ドロテーアが独断でやったことなのか、侯爵も(から)んでいるのか確認が必要だのぅ。

 そんだども、ケヴィンが再度動くかもしらんすけ、ヴィムさんには引き続き張り付いといてもらいてぇし、ここはもう一度カミラさんに一肌脱いでもらうしかなさそうだのぅ」

「それでは、その旨彼女に伝えます」


 そして、ルードヴィヒは、少し思案すると言った。


「侯爵は、ティア姉さのことが気に入ったみてぇだすけ、おらも今度の夜会のときに、カマかけてみるすけ」

「それは、いいお考えだと愚行いたします」


 再びルディが確認する。


「あとは、どうされますか?」

「個人的には、実行役のセカンドシェフの境遇が気になるのぅ。もし情状酌量の余地があるのなら、できることはやってやりてぇ気もするし……」


「まずは、身辺調査でも?」


「そこはリヒャルダさんに頼めるかのぅ。潜入調査っちぅ訳じゃねぇすけ、それぐれぇならできるろぅ」

「おそらくは、大丈夫かと……」


「並行して、情報網も使って情報を集めてくれるけぇ?」

「承知いたしました」


「その上で、直接本人に聞いてはどうかと思うども、どうかぃのぅ?」


「直接ですか? 本人が素直に告白するでしょうか?」

「こらぁ、おらの勘になっちまうども、奴は根が悪いやつじゃねぇような気がする。説得すれば、裁判でも証言してくれるんでねぇろか?」


「確かに……やるだけやって、ダメなら次善の策を考えるということでも行けるとは思いますが……」

「そんだば、そういうこって」


Zu(ツゥ) Befehl(ベフィール) mein(マイン) Gebieter(ゲビーター)」(おおせのままに。我が(あるじ)様)

お読みいただきありがとうございます。


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