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第10話 ツェルター伯家訪問(1)

 グンター・フォン・ローゼンクランツは、15年前に現役を引退し、子爵家当主の座を長男のブルーノに譲った後も、その剣技はますます冴えており、名声が衰えることはなかった。


 さらに、勇者との魔王討伐の功績は、ダメ押しとして名声を高める結果となった。


 シオンの町には、山の奥深くにもかかわらず、双剣流の技を磨こうと多くの武芸者が訪れ、衰退しかかっていた町には活気が戻ってきていた。その影響は、他の流派にも及んでいった。


 そのうち、人々はグンターのことを"ローゼンクランツ(おう)"と呼ぶようになっていった。

 "翁"とは、単なるお爺さんということではなく、"熟練したベテラン武芸者"といったニュアンスを込めた尊称であり、その呼称は徐々に帝国内に浸透していった。

 リーゼロッテ・フォン・ツェルターは、ツェルター伯国領主であるツェルター伯爵の末娘である。

 末子にありがちなことではあるが、父マルクの溺愛(できあい)ぶりは半端ではなかった。


 彼女は、淡い色の金髪に濃い色の碧眼。鼻筋は通っており、艶々(つやつや)としたピンク色の薄い唇に細面(ほそおもて)の顔の美少女に育ち、マルクの溺愛ぶりは過激となっていった。


 教育にも熱心であり、おとなしく素直な性格の彼女は、学業の成績もなかなか良かった。


 傭兵の元締め的家柄ということを理解してか、彼女は貴族の女性には珍しく、剣術も(たしな)んでいた。

 彼女が習っていたのは、帝国式正統剣術であり、利き手に片手剣(ブロードソード)を、反対の手に盾を持つ、攻守のバランスの取れた剣術であった。

 これに対し、ローゼンクランツ双剣流剣術やリリエンタール一刀流剣術は、守りを捨てて攻めに特化した攻撃的な流派である。


 父マルクの方針により、リーゼロッテと交友関係を持つ男性は高い家柄を持つ者に厳選された。


 だが、そういった者たちは、肥満体だったり、スリムな体型であっても力がなさそうな者たちばかりだった。身分の高い者は自ら戦ったりしないから、それも当然といえばそうではあるが……。


 リーゼロッテは、武芸の聖地という育った環境のせいか、強い男性にしか興味が持てないでいた。このため、彼女はこれまで恋というものを経験したことがなく、男性関係に(うと)かった。


     挿絵(By みてみん)


 ツェルター伯爵家に、来訪を告げる先触れの手紙がもたらされた。

 マルクは、それを読んで感想を漏らす。


「ローゼンクランツ翁の孫が来るか……田舎者のくせになかなか達筆ではないか」


 リーゼロッテは、念のため確認してみる。


「ローゼンクランツ翁って、あの剣聖のですか?」

「もちろんそうだとも」


「でもなぜ今ごろ来訪されるのでしょうか?」

「アウクトブルグへの道すがら挨拶(あいさつ)に来るそうだ。素通りせぬとは、なかなかの主君思いではないか」


「アウクトブルグということは、もしかして学校へ通うためですか?」

「ああ。そう書いてある」


「では、私と同級生になるかもしれないのですね」


 リーゼロッテは少しばかり期待をにじませた表情で言った。


「だが、子爵家の息子と言っても三男坊だからな……家督は継げまい。あとは本人の実力しだいだな。おまえはあまり深く関わらない方が良い」

「そうですか……」


 マルクの評価は辛口で、あらかじめ釘を刺された結果となったリーゼロッテの期待は少し(しぼ)んでしまった。


(せっかく剣聖の孫ならば強い方かもしれないと思ったのに……)


 翌日。


 伯爵家の家臣が多数居並ぶ中、ルードヴィヒ・フォン・ローゼンクランツは謁見(えっけん)の間に招き入れられた。


 これは有力な臣下に伯爵家の権威を知らしめることを意識しての措置だった。

 これで委縮(いしゅく)してしまうようなら大した人物ではない。


(はたして15歳の少年がどのような姿を見せてくれるのかな?)


 多少意地悪な感情を持って、マルクはルードヴィヒを観察する。


 だが、入室してきたルードヴィヒの姿を見て、マルクは刮目(かつもく)した。


 威風堂々とした歩きぶりには一分(いちぶ)(すき)もなく、洗練された身のこなしは高貴ささえ感じさせる。委縮する様子など微塵(みじん)もなかった。


「偉大なる主君、ツェルター伯爵にご挨拶申し上げます」


 完璧な発音の帝国標準語でそう言うと、ルードヴィヒは胸に右手をあて、片膝を折って貴族の礼をした。これも完璧な所作で、威厳すら感じさせる。


 これには、さしものマルクも少しばかり気後れしてしまった。


(バカな! 私が気後れなどど……)


 それを気取られぬよう、マルクはわざと横柄な態度で言った。


「わざわざの挨拶、大儀である」

「はっ。恐れいりましてございます」


「ところで、其方(そなた)はアウクトブルグの学校へ通うそうだな」

「はい。そのとおりでございます」


「実は、私の娘も同じく学校へ通うことにしているのだ。良い機会だから紹介しておこう。リーゼロッテ。挨拶しなさい」


「はい。マルク・フォン・ツェルター伯が娘、リーゼロッテにございます。よろしくお願いいたします」

「はっ。こちらこそ良しなにお願い申し上げます。ツェルター嬢」


 ルードヴィヒは真っ直ぐにリーゼロッテの目を見つめている。

 リーゼロッテは、これまで見たこともない美しい顔の男性を見て、少し胸が高鳴った。


(それに、着痩せして見えるけれど、あれはかなり鍛えられている体つきだわ。強いのかしら?)

お読みいただきありがとうございます。


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