第94話 花売り(1)
ルードヴィヒは、モーモネに連れられて戻ってきたリヒャルダとヴィムの手当てをした。
まずは、解毒の魔法を無詠唱で発動すると、リヒャルダの体から麻薬を解毒する。
ヴィムの方は、大した怪我ではなかったが、治癒の魔法を発動して治療した。
リヒャルダは、まだ顔色が優れなかったが、謝罪を口にした。
「申し訳ございません。旦那様」
「いやぁ……謝らねぇばなんねぇのはこっちの方だてぇ。無理な急ぎ仕事を頼んじまって、済まんかったのぅ」
「とんでもございません。私の能力不足でございます」
「そこは、おらも読みが甘かったがぁだすけ、気にせんでくれや」
「御意」
「そんだば、二人とも下がって、ゆっくり休んでこらしゃい」
「お心遣い感謝いたします」
二人は静かに部屋を後にした。
それを見届けたルードヴィヒは、傍に控えていたルディに話しかけた。
「リヒャルダさんも、肉体的には治療できても、ぎりぎりまで追い詰められたがぁだすけ、精神的なケアが必要だろうて。当分の間は、ルディも気を配って見守ってやってくれや」
「承知いたしました」
「それに、暫くは諜報員の仕事をさせるんは無理だろうのぅ」
「おそらくは、そうだと思われます」
「結局は、何も情報は得られんかった訳だども、ここは最後の手段に頼るしかねぇか……」
「では、彼女を呼びますか?」
「そうしてくれるけぇ」
ルディは、部屋を後にすると、間もなくしてカミラを伴って戻ってきた。
突然の呼び出しに、カミラは戸惑っている。
「あのう……私、何か失敗でもしてしまったのでしょうか?」
「そうじゃねぇよ。ちっとばかし頼みてぇことがあるがぁども」
「はい。私にできることでしたら、何なりと……」
とりあえず、翼竜会については、クーニグンデに尋問(脅迫?)させた結果、薬種商に出入りはしていたが、毒薬の取引はないということだった。
これは、とりあえずは信じてもいいだろう。
帝国大道団がダメだったとすると、毒薬の出元の薬種商を探るという手がある。
そこで、今夜、カミラに薬種商の建物に忍び込んでもらい、取引の帳簿を調べてもらうことにする。
それに当たって、ルードヴィヒは、千里眼の魔法で薬種商の建物の内部を調べており、怪しい隠し部屋があることを突きとめていた。おそらくは、毒薬などの極秘取引の帳簿はこの部屋に保管されているものと思われた。
そして、ルードヴィヒは、依頼の趣旨をカミラに伝えた。
だが、カミラはためらった。
「でも……他人の建物にコッソリと忍び込むなんて……」
彼女は、また悪行の業を積んでしまうのではないかと懸念しているようだ。
「カミラさん。確かに持ち主の断りなく建物に侵入するんは良くねえぇことだども、手段はともあれ、これによって誰かの命を救えることができるかもしれねぇ訳だから、これはこれで、立派な善行ながぁだすけ」
「わかりました。やってみます」
「薬種商の建物だすけ、魔術結界などはねぇと思うども、危ねぇと思ったら、すぐに引き返してくるがぁぜ。無理は禁物だすけ」
「はい。わかりました」
「毒薬は特定できてねえども、カンタレラ、ダツラ、プトマインあたりの毒薬が怪しいがぁだすけ、その辺を中心に調べてくれや」
「かしこまりました」
「そんだば、気をつけてのぅ」
彼女は、幽体離脱すると、薬種商に向かった。
その間、魂の抜けた肉体は無防備となるので、ルードヴィヒが見張っておくことにする。
予想どおり、薬種商には魔術結界などはなく、カミラ難なく侵入できた。
そして、毒薬取引の帳簿が無造作に置かれているのを発見した。
隠し部屋に絶対の自信があるのだろう。
帳簿を調べると、一週間ほどまえにカンタレラの取引が行われていることが分かったが、相手先は略語で"R.G.B."と書かれているだけだった。
それ以上細かなことはわからず、カミラはローゼンクランツ新宅へと戻った。
魂がローゼンクランツ新宅に帰ってきて、意識が戻ったカミラにルードヴィヒは訪ねた。
「どうだったぃ?」
「一週間ほどまえに、カンタレラの取引がされていたのですが、相手先は"R.G.B."と書かれていただけで、具体的にはわかりませんでした」
「"R.G.B."のぅ……そらぁReich Gerechten Bruderschaft(帝国大道団)でほぼ間違いねぇろぅ。ルディは、どう思う?」
「お察しのとおりかと考えます」
「そんだば、明日も帝国大道団を調べてぇとこだが、千里眼で調べるのも限界があるし、どうしたもんかのぅ。ルディはどう思う?」
「モーモネは吸血鬼ですので、血を吸った者を眷属化できますし、闇系の魅了魔法も使えますが……」
「なるほど、その手があったのぅ。それで、構成員を眷属化するか、魅了魔法で操って、"獅子身中の虫"とする手もなかなか面白そうだのぅ。ただ、本人は、あんなろくでなしどもを眷属にするがぁは嫌がるかもしれんが……」
「そこは、我が主様が命令とあらば否やはないと思われますが……」
「まあ、"背に腹は代えられない"っちぅことかぃのぅ」
◆
程なくして、エンプーザが戻ってきた。
彼女は、満更でもないといった顔をしている。
「どうでぇ。満足したけぇ?」
「まあ、いちおうの気晴らしにはなったけどさあ……あんな最低の奴らじゃねぇ……」
「そんだば、どういうんが、ええんでぇ?」
「主様みたいな、いい男なら指の一本でも満足できるんだけどねえ……」
「何言っとるんでぇ。おらは、おめぇの餌じゃねぇぜ」
「あたしをただの食人鬼みたいに言わないでおくれよ。交わって陶酔しながら食うのが最高の恍惚感に浸れるのさ。今夜あたりどうだい? 主様なら、腕の一本や二本は簡単に再生できるだろう?」
(はぁっ? 指の一本だったのが腕の一、二本に相場が上がっとるでねぇけぇ! こらぁ、きりがねえ……)
「そらぁ再生できねぇこたぁねえども、勘弁してくれや。どうせ腕だけじゃ済まねえろぅ」
「(*ノ>ᴗ<)テヘッ。そう言われると、自信がないや」
(ダメだ、こらぁ)
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