第92話 雌蟷螂(2)
ルードヴィヒは、ヴィムが血相を変えて疾走していく様に気付いていた。おそらくは、リヒャルダのことを心配しているのだろう。
念のため、帝国大道団の事務所を千里眼の魔法で探ってみたところ、確かにリヒャルダがならず者たちに見つかり、抵抗しているところだった。
(こらぁ助けにいかんばなんねぇ)
ルードヴィヒが、立ち上がったとき……
ドアがノックされ、エンプーザとモーモネが入ってきた。
「なんでぇ? おらぁ急いでるがぁども」
すると、エンプーザが、若干下卑た笑いを含みながら言った。
「その急ぎの用なんだけど、あたしたちに任せてくれないかい?」
「やることを分かって言っとるんけぇ?」
「庭師たちを助けに帝国大道団とやらに行けばいいんだろう」
「そらぁ、そうだども……」
「よろしく頼むよ。あたしたちが負けることなんて、万が一にもないからさあ」
「別に、負けるたぁ思っとらんども、なじょするがぁ」
「ああいう最低の奴らだからさあ……あたしらの好きにさせてもらってもいいよね」
ルードヴィヒは何となく想像がつき、逆に帝国大道団の奴らに少しばかり同情しそうになった。
(だが、ああいう奴らにぁきちっとお灸をすえとくことも必要かのぅ……)
「おぅ。わかったすけ、好きにしてくれや」
「よっしゃー!そうこなくっちゃ」
そう言うなり、二人の姿はかき消えた。
「本当にこれでよかったんかいのぅ……だが、まあ……Es kommt wie Es kommt……」(なるようになるさ……)
◆
リヒャルダが、奥歯に仕込んだ毒のカプセルを噛み締めようとした刹那……
「お兄さんたち。楽しそうなことをしてるじゃないか」
ならず者たちが振り向くと、妖艶な美女がそこに立っていた。もちろんエンプーザである。
「誰だてめえ?」と幹部の男が誰何する。
エンプーザは、猫撫で声で答える。
「そんなことどうでもいいじゃない。実はあたし溜まっちゃっててさあ。そんな貧相な女じゃなくてあたしの相手をしておくれよ」
「なんだと……」
不審に思いながらも、ならず者たちはエンプーザの全身を舐め回すようにチェックしていた。
彼女は、娼婦が着るような煽情的な恰好をしている。その肢体は成熟しきった女のそれであり、醸し出す色気が半端ない。そのうえ、男を惑わすフェロモンのような甘い香りもしている。
「いいだろう。まずは、てめえから相手をしてやる」
幹部の男はそう言うと、エンプーザに迫った。
彼女は抵抗をせず、それを素直に受け入れる。
そして、ならず者たちに、代わる代わる乱暴をされた。
リヒャルダは、混濁する意識の中で、その様子を悲愴な思いで見つめていた。
(エンプーザさん。私のために犠牲になるなんて……)
しかし、こんなことで事は解決するとは思えない。
……ところが、状況は一変した。
エンプーザに乱暴を働いたならず者たちは、順番待ちをしていたならず者たちに襲いかかり、同士討ちが始まったのだ。
彼らは、エンプーザに精神支配されたのだった。
その一方で、モーモネもならず者たちに密かに忍び寄ると、闇系の魅了魔法をかけて、やはり精神支配していた。
その混乱の中で、モーモネは、リヒャルダとヴィムを拘束していた縄を切り、二人を拘束から解放した。
すると、モーモネは言った。
「さあ。行きましょう」
だが、ヴィムが反論した。
「まさか、エンプーザさんをこのまま置いていくのか?」
「エンプーザなら大丈夫。お二人は、この先は見ない方が賢明です」
「そうなのか?」
……と言うと、ヴィムは納得し難いと言った顔をしている。
リヒャルダも混濁する意識の中で疑問を感じていた。
しかし、モーモネは、構わず二人を地下室の外へと誘っていく。
ヴィムとリヒャルダは、その去り際に、歓喜に満ちた悲鳴のような声が聞こえた気がした。
エンプーサは”雌蟷螂”を意味する。
雌蟷螂は、交尾中や交尾後に雄蟷螂を殺して食べる習性を持っている。それはエンプーサも同じなのだった。
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