表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/259

第92話 雌蟷螂(1)

 ヴィムは、いやな予感を覚えていた。


 リヒャルダの帰りが遅い。

 ……とはいえ、まだ遅すぎるというほどの時間ではないが……


(急ぎ仕事の時は、得てしてドジを踏みやすいものだ……)


 そう思ったヴィムは、気がつけば帝国大道(だいどう)団の事務所を目指して疾走(しっそう)していた。


 ヴィムは、人目をはばかりながら、帝国大道(だいどう)団の事務所に侵入し、怪しい部屋がないか、片っ端から調べていく。

 そして、地下室らしきところで、騒然とした気配を察知した。


 悟られないように接近すると、リヒャルダがいた。


 彼女は拘束され、すぐにも拷問されそうな勢いである。

 しかし……


 ヴィムは暗殺者(アサシン)であり、不意打ちを得意とする。

 このため、正面切っての一対多の戦闘は得意ではなかった。


(2、3人のならず者ならば、なんとかなるが……)


 ヴィムは、どうやって助け出したものか迷った。


 しかし、そのうちにもリヒャルダは、麻薬らしきものを飲まされ、ならず者が彼女に群がっていく。

 このままでは、リヒャルダが穢されてしまう。


(こうなったら、破れかぶれだ!)


 普段は冷静沈着なヴィムだったが、この時ばかりは命を賭した賭けに出ざるを得なかった。


 ヴィムが、毒を塗ってある短刀(ダガー)で、ならず者の一人に切りかかった。


「くっ……アガッ……」


 ならずものの一人が突然苦しみだし、床に倒れ込むと絶命した。


 ただならぬ様子を察したならず者たちはヴィムを発見すると、すかさず周りを囲もうとする。

 ヴィムは、これをさせじと短刀(ダガー)で切りつけ、口に含んだ毒針を吹いて飛ばし、これがなくなると毒を塗った投げナイフを投げて抵抗する。


 しかし、これも5人が限度だった。

 異変を察したならず者の増援が駆け付けてくると、ヴィムは周りを囲まれ、後ろから羽交い絞めにされると、縄を打たれて拘束されてしまった。


 幹部と思われる男が進み出ると、ヴィムを殴りつけ、詰問(きつもん)した。


「てめえ。どこの者でえ?」


「……………………」


 ヴィムもリヒャルダと同じく、無言を貫いた。


「てめえもだんまりかい。だが、こんな無謀な特攻を仕掛けてくるってことは……てめえ、この(スケ)()れてるな。二人はいい仲ってか?」


「……………………」


「まあいい。惚れた男の目の前で(スケ)(はずかし)めてやらあ。こりゃあ最高の余興になったなあ」と言いながら、幹部の男は下卑た笑いを浮かべている。


 これを聞いたヴィムは、顔色を変えた。


「やめろ! 拷問(ごうもん)するなら、まずは俺からにしろ!」

「けっ。やめろといわれてやめるバカがどこにいるってんだ。てめえは、(スケ)が辱められるところを黙って見てりゃあいいんだ」


「おい。おめえら」

 ……と言うと、幹部の男は横柄な感じで(あご)をしゃくった。


 それを受け、ならず者たちはリヒャルダに群がっていく……


     ◆


 リヒャルダはヴィムとコンビを組んで5年になる。その間に、二つ年上のヴィムに対して、密かな恋心を抱くようになっていた。


 ヴィムは、ハンサムだが、口数の少ない、いわゆる朴念仁(ぼくねんじん)だ。しかし、彼女は、ヴィムが優しい心根の持ち主であることを知っている。

 また、親代わりとして、懸命に弟を養育する姿にも好感が持てていた。


 彼が時折見せる優しさや(ねぎら)いの言葉や態度に、いちいち彼女の胸は反応して高鳴る。ネズミ(スリーパー)である彼女は、それを巧妙に隠していた。

 だが、当のヴィム本人が自分のことをどう思っているのかは、察することができていない。


(ストイックな人だから、女なんて眼中にないのかもしれない……)


 リヒャルダは、おそらくは自分の片思いだと思うことにした。


 しかし、ヴィムは命を()して自分を助けに来てくれた。

 それ自体は無上の喜びではあったが……


 麻薬のせいで混濁する意識の中で、心配したことが起こってしまった。

 ヴィムは捕まり、ならず者に拘束されてしまった。


 そのうえで、ならず者たちは、こともあろうに好いているヴィムの目の前で自分を(けが)そうとしている。


(こんな(おぞ)ましいことがあっていいものか……)


 リヒャルダは、背筋が凍り、鳥肌が立った。


(こうなったら、穢される前に自害するしかないわ……)


 リヒャルダは、こういう時のために、自害用の毒薬を奥歯に仕込んであった。


 そして……

お読みいただきありがとうございます。


気に入っていただけましたら、ブックマークと評価・感想をお願いします!

皆様からの応援が執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ