第91話 捕らわれの諜報員(2)
エンプーサとモルモンは、冥精霊・ランパスのファケルと同じく、冥界の女神へカティアの眷属である。
エンプーサの本性は女性の姿であるが、片方の足は青銅で、もう一方の足はロバの足でできており、背中には蝙蝠のような翼があり、頭には悪魔にも似た角が生えている。
姿を自在に変化させることができ、ロバ、雄牛、犬、美女に化ける。
モルモンは吸血鬼の一種で、変身の術に長けている。犬歯が長い以外は、本性の姿も人間の女性と変わらない。性格は大人しく、親しみやすい。
ファケルは、へカティアのことは、当面、保留にすることにした。
「とにかく、主様のところに案内するわ」
「よろしく頼むぜ」
そして、ルードヴィヒの部屋に二人を案内した。
「おらっ! エンプーサとモルモンでねぇけぇ。なじょしたがぁ」
エンプーサが飄々と答える。
「冥界に居ても退屈でさあ。ヘカティア様にお願いして現実世界に来たってわけさ。ついては、ここにやっかいになりたいんだけど、どうかな?」
「あぁっ? おら家にけぇ?」
「冥界じゃあへカティア様にずいぶんと世話になったんだろう。恩返しだと思って頼むよ」
「しゃあねぇのぅ。部屋は余っとるすけええども、他ん衆の手前、ただ飯食らいの居候っちぅ訳にぁいかねぇがぁぜ」
「そりゃあわかってる。メイドでもなんでもやるつもりさ。何だったら、夜のお相手でも構わないよ」
「いやぁ……夜のお相手は間にあっとるすけ……そんだば、メイドでもやってもらおうかのぅ」
「わかったよ。ところで、現実世界で暮らすに当たって、あたしたちにも名前をくれないかい?」
「そんだば、ドイチェ語読みで、エンプーサは”エンプーザ”、モルモンは” モーモネ”っちぅことで、どうでぇ?」
「なんだか適当だけど……まあ、いいか。モルモン。あんたもいいだろう?」
「はい。ありがとうございます」
「そんだば、そういうこって」
用件は無事済んだとばかりに、二人が部屋を退出しようとしたとき……
モーモネは、部屋の奥からに何者かの気配が微かにすることに気づいた。
今の今まで全く気付かなかったが、よく見ると部屋の奥に大型の灰色狼が横たわっている。
それは目を閉じ寝ているように見えるが、寝息のようなものは聞こえない。
改めて気配を探ってみると、モーモネの背中に悪寒が走り、鳥肌が立った。
(あれは……あたしたちでは及びもつかないようなヤバいやつだ……ヘカティア様でも太刀打ちできるかどうか……)
「あのう……主様……あの狼は……」
「おぅ。あれけぇ。あらぁフェルディっちぅて、おらの従魔みてえなもんだすけ」
エンプーザも狼の存在に気づいたが、恐れおののく様子が見て取れる。
「そ、そうですか……」
ルードヴィヒは、二人が恐れている様子に気付いたようだが、何ごとでもないかのように軽く言い放った。
「あいつぁ、いっつも寝っとる寝坊助だすけ、あちこたねぇがぁてぇ」
「わかりました……」
そう言われても怖いものは怖い。
二人は、狼を刺激しないようにと、そろりそろりと部屋を後にした。
庭師に偽装した諜報員であるリヒャルダは、ルードヴィヒに潜入調査を命じられたものの、時間が残されていないため、少々焦っていた。
お茶会が開催されるのは、明後日であり、今日を含めて3日間しかない。
彼女が帝国大道団に潜入しようと調査を始めると直ぐにメイド募集していることがわかった。
(怪しいといえば、怪しいが、時間がなさすぎる。このチャンスに賭けるしかない……)
彼女は、これに応募することを決意した。
しかし、これはDer Geheimdienst des Großherzog(大公の秘密機関)のネズミもひっかかった罠である。
リヒャルダは、最大限の注意を払いながらメイドの採用面接を受けた。
予想に反して、他にも5名ほどの女性が面接を受けに来ており、彼女らは皆が普通の町娘風だった。
(パッと見は、普通に見えるが、サクラということも……だが、疑い始めたらきりがない……)
そして、彼女は採用された。
すぐにでも働きたいと希望すると、掃除や部屋の整理など、ごく普通のメイドの仕事をあてがわれた。
リヒャルダは、得られた情報を報告するため、通いでメイドの仕事をすることにしていた。
「お疲れ様でした。今日はお先に失礼いたします」
帰ったふりをしたあと、密かに戻って、幹部の部屋に侵入すると、めぼしい書類がないが物色する。鍵がかかっていたが、彼女にしてみれば、開錠するのは容易かった。
しかし……
突然勢いよく扉が開かれると、複数のならず者たちが部屋になだれ込んできた。
(くそっ! やはり罠だったか……)
彼女は、装備していた短刀を抜き、抵抗する。
3人ほど傷を負わせ、撃退したが、そこは多勢に無勢である。
やがて、複数のならず者の男たちに周りを囲まれ、抵抗もむなしく捕らわれの身となってしまった。
彼女は拘束され、地下牢的な部屋に連れて行かれる。
そして、幹部の男が、彼女に邪慳に言った。
「てめえには、黒幕と潜入の目的をゲロしてもらうからな」
「……………………」
リヒャルダは、下手な情報を与えまいと、無言を貫いた。
男は、下卑た笑いを浮かべながら、意味深に言う。
「だんまりときたか……さて、いつもまで持つものやら……見ものだな……」
拘束された女諜報員が、エッチな拷問にさらされるのは定番中の定番である。
リヒャルダは、覚悟を決めた。
そして、抵抗もむなしく、彼女は無理やり口をこじ開けられると、強烈な催淫効果を持つ麻薬を致死量の限界ぎりぎりまで投与された。
間もなく、彼女は異常なほどの体の火照りを感じ、意識の混濁を覚えた。
これで準備万端と見たならず者たちは、彼女を拘束したまま、複数で寄ってたかって、乱暴の限りを尽くそうと彼女に群がる。
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