第90話 少年愛(2)
「どうした? 何だというのだ?」
「我も奴の様子を窺ったことがあるのだがな……何か猊下にも似た、途轍もない威厳のようなものを感じて、我ともあろうものが委縮してしまったのだ」
「バカな。何を血迷ったことを……」
「それに、ついこの間、奴は、あのフェンリルをも眷属に下したのだぞ」
「なんだと! それは本当か?」
「嘘を言って何になる。奴は、それだけの存在だということだ」
「ならば、どうする?」
「今のところは、我らが被害に遭っている訳でもなし。しばらくは、距離を置いて、静観してはどうかと思う」
「それはそうかもしれぬ。しかし、この期に及んで猊下の不在は痛いな。いつになったらお戻りになるのやら……」
「それはそうだが、待つしかあるまい」
「猊下といえば、猊下の腰巾着どもが、何年か前に”猊下が現実世界に降臨された”などとほざいて、地上に上がっていったが、あれはどうなったのだ?」
「未だに見つかっていないらしい」
「そうすると、やはり眉唾物だったか」
「それについては、我は何とも言えぬ」
◆
ルードヴィヒ一行が、一旦現実世界に復帰しようとしていたとき、妖艶な美女と可愛らしい少女がファケルに声をかけてきた。
「おい。ランパス。てめえ、いつの間にへカティア様好みのいい男を捕まえちゃってるんだよ」
「その名で呼ばないで。私は、主様から”ファケル”という素晴らしい名前を賜ったのよ」
「なんだと! なにをちゃっかり守護契約までしちやってるんだよ。この女狐が!」
「いい男は早いもの勝ちと、相場は決まっているんです」
「けっ……可愛げのねえ奴だ。それはともかく、いい男を捕まえておいてへカティア様に報告しないのはアウトだろう」
「そ、それは……」
「まさか、隠し通せるとでも思ったか!」
「う~ん……(。・ω<)ゞてへぺろ」
「そんな可愛い娘ぶっても、女には通用しねえんだよ!」
「いや~ん。怖いぃ……」
そこにルードヴィヒが割って入った。
「ファケルさん。彼女たちはおめぇの何なんでぇ?」
「実はぁ。私は、へカティア様の眷属で、彼女たちも眷属仲間なんです」
「なるほどのぅ」
「こちらの態度がでかいのがエンプーサで、こちらの大人しい方がモルモンです」
「おう。よろしくな」
「よろしくお願いいたします」
そこで、ファケルが上目遣いで懇願してきた。
「主様。お帰りのところ、大変申し訳ないのですが、私が守護精霊になったことをへカティア様に報告しなくてはならなくて……一緒に来ていただけませんか?」
ルードヴィヒは、女子のこういうお願いを蹴っ飛ばすのが一番苦手だったりする。
「う~ん。しゃあねぇのぅ……」
◆
ファケルがへカティアにルードヴィヒを紹介したところ、彼女は一目で気に入った。へべフィリア(少年性愛)の彼女にとって、ルードヴィヒはドストライクの存在だった。
へべフィリア(少年性愛)というものは、必ずしも性行為に結び付くものではない。へカティアのルードヴィヒに抱く感情が、まさにそれだった。
性的な欲望が皆無とはいわないまでも、彼女としては、その眼目は、ルードヴィヒの人格・能力を磨くという教育目的に置くつもりである。
似たようなこととして、古代ルマリアの時代の”少年愛”がある。ここでの理想範型に見られるのは、年長者である立派な市民が、教育目的で少年愛に携わることとされていたが、往々にして同性愛行為を伴うこともあった。
ただ、へカティアとルードヴィヒの場合は、男女の関係であり、このような理想を最後まで貫くことができるのかは未知数であった。
へカティアは、当然に、まずはルードヴィヒと守護契約を結んだ。そして、その効果は、眷属にまで及ぶ。
そのうえで、へカティアは、ルードヴィヒに自分の持てる全ての知識・技術を教え込んだ。
例によって、ルードヴィヒの学習能力は、海綿が水を吸うがごとしであり、へカティアは胸がすく想いがした。これにより、彼女は心身ともにどっぷりと恍惚感に浸っていた。
そして、一旦区切りをつけ、現実世界に戻る日が来た。
ルードヴィヒが、謝意を述べる。
「これまでお世話になりました。ヘカティア様。ご教授いただいたことを極めたとはとても言えないところですが、ひとまずお暇させていただきます」
「あなたのような優秀な者は記憶にありません。これからも奢ることなく、励みなさい」
と言うと、へカティアは握手をすべく、手を差し出した。
ところが、ルードヴィヒは、ついつい習慣でこれをHandkuss(男性が女性に敬意を表する挨拶)と思い、手に口づけをしてしまう。
意表を突かれたへカティアは、胸がときめいてしまい、顔が熱くなるのを抑えられなかった。
(冥界の女王たる私が、これしきのことで動揺するなんて……)
……と思いつつ、この瞬間から、へカティアはルードヴィヒを性的な対象として意識することを止められなくなっていた。
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