第9話 闇の儀式魔術(2)
ルードヴィヒは、再び目を閉じ、治癒の魔法を発動した。ゲルダの背中の深い傷がみるみるうちに塞がっていく。真っ青だった顔にも血の気が差してきた。
それを見て、ルードヴィヒはホッと一息をついた。
そしてストレージから自らの予備の上衣を取り出すと、露になったゲルダの上半身にかけ、彼女を抱きかかえると小屋の外へ出た。
そこではライヒアルトが頭をたれた姿勢で座り込み、一人たそがれていた。
ルードヴィヒに気づくと、恐る恐る近寄ってくる。
するとゲルダの顔色を見て表情がパッと明るくなった。
「た……助かったのか?」
「いちおう山は越えたっちゃ。だども、傷口から悪霊が入り込んで病気が発症するおそれもあるすけ、最低1週間は安静が必要だっちゃ。ちゃんと面倒みてやれや」
治癒の魔法は、魔力を使って体の治癒力を強引に引き出す魔法である。免疫力も高めるが、その効果は一時的であり、細菌による感染症の治療には向いていなかった。
「おいっ! ゲルダ。よかったな。助かったんだぞ」
ライヒアルトは嬉しさからか、大声でゲルダに話しかけた。
「しーっ! 静かに。さっきなまで死にそうだったんだすけ、自然に起きるまで寝かしといてやれや」
「それもそうだな……」
とライヒアルトは素直に同意した。
「この薬をくれるすけ、最低1週間は飲ませ続けるがぁぜ」
「これは?」
「悪霊を追い出す薬だっちゃ」
「なるほど。わかった」
ルードヴィヒが渡したのはサルファ剤という抗菌剤だった。祖母のマリア・テレーゼ母子が開発したもので、この世界の技術では本来は作り得ないものだった。
この世界では、病気は悪霊や悪い妖精が引き起こすものと信じられており、細菌などという概念はない。このため、ルードヴィヒは、この世界の常識に合わせて説明をしたのだった。
その後、比較的被害が少なかった家屋にゲルダを休ませると、ルークスが看病につくことにした。
残った者たちで、被害に遭った村人たちを埋葬する。結局、村の生き残りはライヒアルト兄妹だけだった。
「悪いな……」
埋葬の作業をしながら、ライヒアルトはボソッと言った。
「いやあ。こういうときはお互い様だすけ」
村人全員を埋葬したときには、日はとっぷりと暮れていた。
ルードヴィヒは、ライヒアルト兄妹のことが気の毒でもあり、ゲルダの病状が落ち着くまで村に滞在することにした。
翌朝。
コン。コン。
ルードヴィヒが滞在している部屋を軽くノックする音が聞こえた。
「誰でぇ?」
「あのう……入ってもいいですか?」と少女の声がした。
(ああ……ゲルダさんけぇ……)
「ああ。ええよ」
扉を恐る恐る開け、ゲルダが静かに入ってきた。後ろにルークスが付き添っている。
真新しいチュニックで服装は整えられ、髪も丁寧に手入れがされている。ルークスが面倒をみてやったのだろう。
まだ幼さは残っているが、エルフなので、かなりの美貌であり、その可憐で儚げな姿が印象的だった。
「ルードヴィヒさんですよね?」
「おぅ」
それを聞くなり、本人と確認できたとばかりに、ゲルダはルードヴィヒの胸に飛び込み、抱きついてきた。
が、ルードヴィヒは、修行に明け暮れていたため、この年頃の少女を相手にした経験がほとんどない。
抱き返した方がいいのか判断がつかず、両の手は中空を泳いでいた。
(成人と子供の境界線みてぇな年頃だからのぅ。気軽に抱擁していいもんなんけぇ?)
それを見ているルークスは、クスクスと小声で笑っている。
「私が死にそうになっているところを助けてくれたって、お兄ちゃんから聞きました。どうもありがとうございました」
「おぅ……」
「でも、ルードヴィヒさんって、カッコいい方ですね。大きい魔獣も瞬殺したって聞ていたので、もっと怖い人を想像していました」
「そうけぇ……」
ルードヴィヒは対応方針が定まらず、満足な返答ができていない。
そして極めつけに……。
「私……ルードヴィヒさんのことが大好き」
ゲルダは、ルードヴィヒの頬に軽くキスをした。
思わぬ展開に、ルードヴィヒの目は点になってしまい、思考が停止した。
当のゲルダも照れているようで、顔をほんのりと赤らめ、「エヘッ」と軽く微笑むと、恥ずかしいのか、小走りで部屋を出て行った。
◆
念のため10日間様子をみたが、ゲルダは順調に回復している。
が、まだ激しい運動は解禁できない。
ライヒアルトから相談があるというので、話を聞く。
「さすがに俺たち兄妹だけでこの村で暮らしていくのは無理だ。だから、人間の町へ出て仕事を探そうと思う」
「そうだのぅ。おらもそう思ってたとこだっちゃ」
「では、とりあえず人間の町へ俺たち兄妹が着くまで、同行させてはもらえねえか?」
「もちろん、ええこっつぉ」
こうして、ルードヴィヒ一行とライヒアルト兄妹はテーリヒの町へ向けて出発したのだった。
ゲルダはまだ歩かせるのは無理だったので、結局、ルードヴィヒがおぶっていくことになった。
兄のライヒアルトでもニグルでも問題はないのだが、本人のたっての希望ということだったので、結局はそこに落ち着いた。
ルードヴィヒ的には、体も鍛えており、体力的にはちっとも負担ではなかったのだが、複雑な思いを禁じ得ないのであった。
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