第90話 少年愛(1)
更なる危険がありそうだし、これ以上冒険を共にするのは気まずかったので、ダニエラは、バイコーンに乗せて村へと返した。
その表情がいかにも寂しげで、ルードヴィヒは、気まずい思いがした。
(そんだども、こういうこたぁはっきりさせとかんばのぅ……)
気持ちを切り替えて、ファケルの灯りを頼りに、更なる下層へと進む。
道中は、何者にも遭遇しなかった。
そして、最下層と思われる場所にたどり着いた。
ファケルの灯りが届いていない、遥か先の暗闇の中から、異様な気配がする。
(こらぁ神か、それに匹敵する強さの何者かだろっか?)
ニグル以下、パーティーメンバーは、同様に気配を察知して戦闘態勢に入っている。
「ここにぁ何者がいるんでぇ?」とファケルに尋ねる。
「さあ……私もここまでは来たことがないので……」
……と答えるファケルは、恐ろしさで声が震えていた。
慎重に前に歩みを進め、ファケルの灯りに照らされた者は、巨大な狼の姿をしていた。
それは、巨大な石に、黒色の細い綱で平らな石に縛り付けられ、更に念入りなことに、下顎に柄が上顎に剣先がくるように剣を押し込んでつっかえ棒にされている。
開きっぱなしになった口からは大量の涎が流れ落ちていた。
巨大な狼は、念話で話しかけてきた。
『興味本位で我を笑いにきたか。不心得者は直ちに立ち去れ!』
「別に……笑いに来わけじゃねぇ」
ルードヴィヒは、その境遇に少しばかり同情した。
『ならば、何だというのだ?』
「おめぇがおらの眷属になるっちぅなら、助けてやらんでもねぇがぁども」
『バカを言うな! 眷属というのは、強者が弱者を従えるものだ。たかが人間風情が……』
狼の言葉は、そこで止まった。
ニグルの姿が彼の目に入ったのだ……
(闇の上位聖獣がなぜこのような者に従っている?)
頭を冷やし、改めて、”助ける”などとほざいた人間を観察すると、獣の勘ともいうべきものが囁いた。
(もしかして、この者は……)
『承知した。貴殿の眷属に下ろう』
(おらっ? 案外と素直だのぅ……が、まあ、ええか……)
「そんだば、今、綱を切ってやるすけ……」
ルードヴィヒは、剣に闘気を纏わせると、綱をスパスパと切っていく。
それを呆れながら見ていた狼は、思わず訪ねた。
『それは、ドウェルグ(ドワーフ)たちが作ったグレイプニルという特別な綱だ。我が全力を出しても切れないそれが、なぜそうやすやすと切れる?』
グレイプニルは、ドウェルグ(ドワーフ)たちが猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液から作った特別な綱である。
「いやぁ。物事に完璧っちうことはあり得ねぇ。縦方向の力に強ぇもんは、横方向の力には弱ぇっちうことで相場は決まっとるもんだすけ」
『……………………』
狼は、驚きに言葉を失った。
綱を切り終わり、つっかえ棒にしていた剣を外すと狼は言った。
「助けていただき感謝する。我の名前は……」
「フェンリルんがぁろぅ」
フェンリルは、週末の日には自由になって、神々と戦い、主神オーディンと相まみえて彼を飲み込むとも伝説で語られている凶悪な存在だ。
「知っていて助けたのか?」
「伝説ぴったりだったすけ、気づかん方がおかしいがぁてぇ……」
フェンリルは、改めて主となった者の存在の大きさを感じ取った。
「ところで、おめぇ。ニグルみてぇに、人型には変化できねぇんけぇ」
「その程度のことは、容易い」
と言うと、フェンリルは、灰色狼の頭と尻尾を持った牙狼族風の姿に変化した。身長はニグルよりも更に高く2.5メートル程もある大男だ。
「おおっ! こらぁ、ええ塩梅だもぅさ。んなら、名前は”フェルディ”とでもしとこうかのぅ」
「承知した」
フェンリルは、密かに思った。
(我が主人となった者の存在の大きさは計り知れないが、それは伝説すら覆すものなのではないか……そうすると週末の日など永遠に訪れないのかもしれない……)
◆
冥界における有力な勢力に悪魔たちがいる。
実は、悪魔たちを束ねるはずの地獄の主ルシファーは、千年以上の長期にわたって不在の状態となっており、悪魔の世界は、有力者たちの話し合いによって運営されている状態だった。
悪魔ベリアルは、ベルゼブブに尋ねる。
ベリアルは、序列68番の強大にして強力な王であり、80軍団を率いている。
ベルゼブブは、地獄において、権力と邪悪さでサタンに次ぐと言われ、実力ではサタンを凌ぐとも言われる魔王である。
「最近、冥界で傍若無人な振る舞いをしている人間の小僧がいるが、我らは、あれを放置しておいてよいものか?」
「我とて、奴の振る舞いを知らぬではないが……」
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