第89話 ケルベロスと冥界の主
「エンプーサ。わらわは退屈じゃ。どこぞにいい男でもおらぬものかのう?」
へカティアは、今日もまた、この言葉を口にしていた。ここしばらくの間に、もはや口癖のようなものになっていた。
ヘカティアは、「死の女神」、「女魔術師の保護者」、「霊の先導者」、「ラミアーの母」、「死者達の王女」、「無敵の女王」などの様々な異名を持つ冥界の女王で、冥精霊・ランパスのファケルのほかに、3人の女神であるエリーニュスたち、エンプーサ、モルモンなどの眷属を従えている。
そんな彼女は、相も変らぬ単純な日常に倦怠感を覚えていた。
冥界のルールは単純明快であり、”弱肉強食”の一語に尽きる。
だが、現状で出来上がってしまっている勢力図を書き換えるような強者は現れていない。結果、五十歩百歩の不毛な勢力争いが繰り広げられているのだった。
へカティアは、実は、へべフィリア(少年性愛)の気質を持っていた。
ヘベフィリアとは、成人女性による青年や少年への性的嗜好をいう。
(へカティア様の趣味にあう男など、冥界なんぞに、そうそういるはずがない…)
…と思いながらも、エンプーサは答えた。
「なんとか、眷属一同をあげて探してみます」
「そうか…では、頼んだぞえ」
「おおせのままに…」
「ここまで来たら冥界の王ハデス様に挨拶しとこうと思うども、場所はわかるけぇ?」
とルードヴィヒは、ファケルに聞いてみた。
「わかりますが……地獄を通らないと……行けません」
「そんだば、地獄の番犬ケルベロスに通してもらう必要があるっちぅことけぇ……」
ケルベロスは、亡者が冥界から出ていかないよう見張っている番犬で、三つの頭を持ち首の周りには蛇が生え、尾も蛇という姿をしている。
「ダニエラは、ここまで付き合う必要はねぇがぁぜ」
実は、ダニエラは、隠れながらコッソリと後を付けてきていた。
が、ルードヴィヒにはお見通しであった。
そう言うとダニエラは姿を現わし、恥ずかしそうに少しうつむいて思案したあと、答えた。
「あたしが好きでやっていることだ。気にしないでくれ」
「そんだば、好きにすりゃぁええ」
(ダークエルフにしちゃぁ、変わったやつだのぅ……)
一行は、配下に下したバイコーンに騎乗して地獄に向かった。
地獄の門が見えてきた。
亡者を見張っている地獄のケルベロスの後ろ姿が見える。姿は聞いていたとおりだが体が大きい。
すると尾の蛇に気づかれたらしく、ケルベロスは振り返るといきなり襲ってきた。
(おらっ! 亡者の番はええんけぇ?)
ルードヴィヒは、背中の双剣を抜くと、闘気で身体強化・身体能力強化を図り、戦闘に備える。
尾の蛇を切り飛ばし、首の蛇も刈り取っていくが怯む気配がない。
さらに、首の一つを切り落とすが、まだあきらめない。
(そんだば、もう一つ……)
「ま、まいった。許してくだされ」
首が残り一つとなったところで、ケルベロスはあわててそう言った。
(なんでぇ……意外に根性がねぇのぅ……)
ルードヴィヒは、攻撃を中断した。
「あなたほどの強者は久しぶりだ。ぜひ眷属にしてくだされ」
「そうは言うども、番犬の仕事はええんけぇ?」
「ハデス様に話を通しさえすれば、我のほかにも地獄の犬は他にもいるゆえ」
「そんだば、必要なときは頼むすけ、よろしくのぅ」
「承知いたした」
「おらたちはハデス様に挨拶がしてぇ。通してくれるけぇ?」
「もちろんでございます」
「そらぁそうと、その傷。治しとくけぇ?」
「それは、かたじけない。お願いいたします」
ルードヴィヒは闇系の治癒魔法である再生を無詠唱で発動する。
すると、ケルベロスの切り落とした首や尾は、時間を逆回転したかのようにもとに戻り、すべてが再生した。
「おお!なんという力」
ケルベロスは感動している。
それを横目に、ルードヴィヒたちは地獄の門を通過した。
ファケルの案内で地獄を通り抜けると、ハデスの宮殿にたどり着いた。
門番に告げる。
「おらぁルードヴィヒだっちゃ。ハデス様のご機嫌うかがいに参ったがぁども、お取次ぎ願えんろうか?」
「しばし待たれよ」
アポなし訪問なので追い返されるかとも思ったが、程なくして王の間まで通された。
冥界の王ハデスとその妻ペルセポネがいる。
ハデスは冥界の王というが、神なだけあってなかなかにハンサムだ。ペルセポネの方も相当な美人である。
「貴殿のことは冥界でも噂になっておるぞ。ぜひ会いたいと思っていたところだ」
「お初にお目にかかります。ルードヴィヒ・フォン・ローゼンクランツと申します。ご挨拶が遅れ、大変申し訳ございません」
「なに。冥界くんだりまで挨拶に来るような酔狂な者などおらん。気にするな」
「それはかたじけのうございます」
「ところでケルベロスを眷属にしたようだが」
「申し訳ございません。どうしても通してくれなかったものですから……」
「それはまったくかまわない。それにしてもケルベロスを屈服させるとは何千年ぶりかのう」
「ヘラクレスの時以来かしら。でもあの時は私が助けてあげたから……自力で倒したのはルードヴィヒが初めてじゃないかしら」
とペルセポネが相槌を打った。
「ところで、そこにおるダークエルフは貴殿の何だ。冥界で見染めでもしたか?」
(”見染めた”って? そらぁ種付けはしたども……まあ、適当に答えとくかのぅ)
「まあ……そのようなものでございます」
するとダニエラが横合いから言った。
「あたしも妻にしてもらいたいと思っております」
(ええっ! ダークエルフってそういう種族じゃねぇろぅ!)
……と驚くルードヴィヒだったが、顔に出ないように必死に耐える。
「闇の聖獣や黒竜に光の精霊も従えているのだろう。それにダークナイトなども眷属にしているようだし……貴殿は世界征服でもするつもりなのか?」
「それは滅相もございません」
「いや。それはそれで面白いと思うがな。冥界の人口も増えそうだし……」
(いやいや。変なことけしかけないでくれや……)
その夜。歓迎の宴が開かれた。
冥界には客人が滅多に来ないらしく、盛り上がり方が半端なかった。
宴会の時、ダニエラがルードヴィヒの腕にしがみついてきた。腕に当たる巨乳の感触に、股間が反応しそうになるのを必死に耐える。
ダニエラが口を開いた。
「ルードヴィヒ様。私もパーティーメンバーに入れてくれない」
「ここまで着いてきたんは、それが言いたかったんけぇ?」
「そうよ」
「悪ぃども、おめぇの実力じゃあ、命の保証はできねぇのぅ」
「それって、ダメってこと?」
「そういうことんなるのぅ……」
ダニエラは、そのまま口を閉ざした。
黙示の同意ということなのだろう。
かなりバツは悪かったが、その場はそのまま収まった。
少し気になっていることがあるので、ハデスに聞いてみる。
「冥界には、更に下層があるようですが、何があるのでしょうか?」
「貴殿には、お見通しであったか……だが、そこへ進むのは勧められないな」
「いったい何があるのでしょうか?」
「どうしても見たいなら、自分の目で確かめるがよい」
「そうですか……」
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