第88話 冥界(1)
冥界。
それは地下のはるか奥底にある、現実世界とは位相のことなる異空間である。
14歳となり、夢幻界での冒険にも限界が見え始めていたルードヴィヒは、独り言ちた。
「そろっと、夢幻界にも飽きて来たのぅ」
それに対して、ニグルが意外なことを言った。
「ならば、次のは冥界でも行ってみますか。冥界には強者がゴロゴロいますぞ」
「おおっ! そらぁ面白そうだのぅ」
(そう言われてみりゃあニグルは闇の聖獣だったのぅ。冥界は得意分野っちぅことけぇ…)
「ダークエルフの村の奥に冥界への入り口の一つがあります。そこにご案内しましょう」
「おぅ。よろしくのぅ」
エルフは森を住処とするが、ダークエルフは、通常、地下洞窟などの穴蔵を住処とする。
その奥に、冥界への入り口の一つがあるということなのだろう。
ダークエルフの村を探索していたところ、突然後ろから声をかけられた。
「おまえら。うちの縄張りで何してやがる!」
振り返るとバイコーンに騎乗した少女が槍を構えてこちらを牽制している。
が、ルードヴィヒの目はある一点に釘付けになっていた。
少女はとんでもない巨乳だったのだ。
だが、体型はエルフらしくスレンダーである。スレンダーなのに巨乳という普通ならばあり得ない体型である。
気を取り直し、冷静になって少女を観察すると褐色の肌に尖った耳をしている。
「あらぁダークエルフけぇ?」
「そうです」とニグルが簡潔に答えた。
少女が痺れを切らして会話に割り込んでくる。
「なにを身内でくっちゃべっている! 縄張りを侵した落とし前をどうつけるつもりだ?」
「いやぁ……害意はなかったがぁだすけ、ここは見逃してくれねぇかのぅ?」
方言でのんびりと許しを乞うルードヴィヒにダークエルフの少女はカチンときたようだ。
「何を柔なことを。男なら気概をみせろ!」
「そんだば、どうせぇばええがぁ?」
「あたしと勝負しろ」
(エルフと違って戦闘的っちぅことけぇ……しゃあねぇのぅ)
「わかったっちゃ。勝負を受けるぜ」
彼女は、気が短いようだ。
早速、勝負を始める。
「では、いくぞ」
少女はいきなりバイコーンを突進させてきた。
相手は騎馬のうえ武器はリーチの長い槍だ。徒歩で武器が剣のルードヴィヒの方が不利である。
(とりあえず、馬から引きずり落とした方がええようだのぅ)
ルードヴィヒは2度3度と突進をかわすと、次のタイミグをみはからって相手の槍を掴む。力比べとなるが闘気で身体能力を強化すると、一気に地面に引きずり落とした。
こうなれば、もうルードヴィヒが有利である。
何合か打ち合うと、隙を見て槍の穂先を切り飛ばした。
なおも相手が向かってくるので、蹴り飛ばして、倒れ込んだところに、首筋に剣を突き付け寸止めにした。
「あたしの負けだ……」
降参したダークエルフの少女に屈辱感は見られない。それどころか、気のせいなのかなんだか顔が赤い。
「今日は村で歓迎する。着いてこい」
(はぁっ? 単に見逃してくれるんじゃねぇんけぇ?)
ここはこれ以上事を荒立てたくなかったし、急ぎの旅でもない。パーティーメンバーと視線を交わしたが、否定的な感触はないようだ。
ここは、おとなしく言うことを聞くことにする。
村に着くと、驚いたことに。ダークエルフ族は女性優位の社会だった。見かけるのはほとんど女性で、たまに見かける男性も奴隷のようにこき使われている。
(こらぁ変わった習慣の村もあったもんだのぅ……)
聞いたところによると、男は種馬のような扱いらしい。男の子供ができると奴隷か、弱いものは追放されるか殺されるということだ。ほとんどアマゾネスのようである。
ダークエルフの女性は皆グラマラスではあったが、勝負をした少女の巨乳はその中でも飛び抜けたものだったようだ。
ルードヴィヒたちは族長のところに連れていかれると、少女が族長に報告した。
「今日、この男と勝負して負けました」
「そうかい。それはよかったね。ならば、しっかり種をもらうんだよ」
(はぁっ? すっけんこたぁ、微塵もきいてねぇぞ)
「そらぁ、どういうこって?」
族長は、有無を言わさぬ口調で語る。
「強い男から種をもらうのはダークエルフ族のしきたりだ。否やは許されない」
どうやら男には選択権というものがないらしい……
「すっけな、バカなこたぁ……」
とルードヴィヒは、反論しかけたが無視された。
殺気のようなものを感じて、ふとクーニグンデの方を振り向くと、彼女は怒りで身を震わせていた。
その夜。宴が開かれた。ルードヴィヒは、酒に強いというか、飲んでもあまり酔わない質なので、勧められるままどんどん飲み干していた。
ダークエルフ族の女たちは、その豪快な飲みっぷりに感心し、好意と興味の混ざった視線を向けてくる。
ルードヴィヒは、少しばかり居心地の悪さを感じた。
勝負で負かした少女がルードヴィヒのところにやってきた。
「あたいはダニエラという。おまえ。名前は?」
「ルードヴィヒだっちゃ」
少しの間があって、ダニエラは恥ずかしそうに言った。
「その……今夜はよろしく頼む」
ルードヴィヒは、いちおう抵抗を試みる。
「そりって、もう確定事項なんけぇ?」
「あの……あたし程度の魅力では……その……勃たないか……ならば仕方ないが……」
とダニエラは、寂しそうに言った。
露骨なことをいうダニエラに呆れながらも、その寂しげな表情を見てしまったルードヴィヒは、戸惑った。
「そらぁ……そのぅ……」
答えあぐねているうちに、ダニエラは、追い打ちをかける。
「おまえが拒まないのなら、何もしなくてもいい。後は私の方で全部やるから。目をつぶって、羊の数でも数えていればすぐに終わる」
この村には、結婚という概念がないから、そういう行為をしたとして、責任を問われることはなさそうだ。
ルードヴィヒは、仕方なく覚悟を決めた。
……と言いつつ、あの巨乳の魅力に惹かれたことも大きな要因のひとつだったりする。
「わかったっちゃ」
(だが、そういう行為をするなら、こっちにもプライドっちぅものもあるがのぅ……)
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