第87話 予知(1)
ある日、ルードヴィヒが学園から帰って来るなり、ハラリエルがルードヴィヒの部屋に飛び込んできた。
彼女は、いきなりまくし立てる。
「ルードヴィヒ様ぁ。たいへんなんですぅ。大公女様とそのお友達が血を吐いて倒れてしまって……このままじゃあ、死んじゃいますぅ!」
「はあっ? おめぇ何言っとるんでぇ。今、見て来たみてえに」
「だからぁ。未来の話ですよぅ」
「まぁた、それけぇ」
だが、先日のユリアのときは、数刻前というごく短時間のリードタイムではあったが、見事に言い当てていた。
(まあ、いちおう未来が見えるっちぅことは、もっともらしいが……)
仮に、ユリアのときのように、リードタイムが数刻だとすると、事は急を要するが……
ルードヴィヒは、千里眼の魔法で、大公女コンスタンツェの姿を探した。
普段は、こういったプライベートを覗くような行為は自重しているのだが、緊急事態ならやむを得ない。
見ると、彼女は、大公女宮の一室で、同じ年頃の男子と一緒にお茶を飲んでいる。たまに筆談をしているので、相手は一つ歳下で難聴の障害を持っている大公子のカールで間違いないだろう。
その様子を見る限り、今日この後に、女の友達を呼んだ行事があるようには見えない。
(とりあえずは、今日という訳じゃぁなさそうだのぅ……)
気を取り直して、ハラリエルに尋ねる。
「そらぁ、いつんことか、わかるけぇ?」
「さあ……いつのことかまでは……でも、最近は一週間先くらいまで見えるようになったんです。ふっふっふっ……凄いでしょう。褒めてくださいよぅ」
「ああ。そらぁ、わかったすけ……そんだば、一週間先っちぅことでええんけぇ」
「いやっ。それが、そうとも限らなくって……」
「ったく、あてになるんだか、ならねぇんだか……」
「いやっ! 何も知らないより、ずっとましじゃないですかぁ!」
「まあ、そらぁ、そうだども……ともかく、見えたことを、まちっと詳しく教えれや」
ハラリエルの話をまとめると、大公女宮の庭らしき場所で日中に開かれたお茶会の席で、大公女と同じテーブルに座り、一緒にお茶を飲んだ貴族の息女たちが、揃って血を吐いて倒れたということだ。
状況から察するに、ティーポットに入ったお茶に毒を仕込まれたと思われる。
これは、高位貴族の息女一般を狙ったテロ行為とも見えるし、テーブルに座った誰かを狙った暗殺行為に、同席した息女たちが巻き込まれたとも考えられる。
(とにかく、いつどこで事が起きるのか特定せんばなんねぇのぅ……)
ルードヴィヒは、手元にある呼び鈴をチリンと鳴らした。
まるで、そこで待機していたかのように、間髪を容れず、部屋の扉がトントンとノックされる。
「おぅ。入れや」
「お呼びでしょうか。我が主様」
とすました顔でルディが用向きを尋ねた。
「ヴィムさんとリヒャルダさんを至急呼んでくれねえけぇ」
「Zu Befehl mein Gebieter」(おおせのままに。我が主様)
二人は5分も経たずにやってきた。
「ヴィム・テンツラー。命により、まかり越してございます」
「同じく、リヒャルダ・ビエロフカ。まかり越してございます」
(相変わらず、固ってぇのぅ……まあ、ええか……)
「二人には、大公女コンスタンツェ様の今後の予定を調べてもらいてぇ。特にお茶会が開催される場所と時間を最優先で特定してくれや」
「「御意」」
そういうなり、二人の姿はかき消えた。
(仕事をするときの諜報員たぁ、てぇしたもんだのぅ……)
ルードヴィヒは、密かに感心した。
気を取り直して、ルディに尋ねる。
「実は、ハラリエルが大公女コンスタンツェ様とお友達の息女の方々に毒を盛られることを予知したがぁだども、情報網にぁ何か、それらしき情報はひっかかってねぇけぇ?」
ルディは、それを聞いても顔色一つ変えずに、淡々と答えた。
「翼竜会のほかに、帝国大道団の者が、例の薬種商と接触を持ったという情報はありましたが……」
「何でぇ? その帝国大道団とやらは?」
「表向きは、帝室を熱烈に支持する極右団体ですが、実体はならずものの集団とほぼ変わりません」
「なるほどのぅ……そりじゃあ、奴らにぁ、大公様やその親族を害する動機はあるっちゃぁあるわけけぇ」
「確かに……ですが、なぜこのタイミングでコンスタンツェ様たちを狙うのかは、情報不足で判断がつきませんが……」
「そんだば、翼竜会と帝国大道団を探ってもうことにすっかかのぅ」
「具体的には、どうされるおつもりですか?」
「翼竜会の方は、クーニィに脅しをかけてもらえば、すぐに口を割るろぅ。問題は帝国大道団だんが……時間がねぇどもリヒャルダさんに潜入して調査してみてもらえねぇろか?」
「それもありますが、カミラさんに探ってもらうという手もあるのでは?」
「んーーん……カミラさんのぅ……」
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