第86話 次期大公を巡る共謀
大公フリードリヒⅡ世の嫡出子で長男のハインリヒは、20歳となった。
彼は、ハンサムだし、詩歌も得意とする風流人であるから、数々の高位貴族の息女との浮名を流していた。
一方で、彼は、既に学園を卒業しており、長子としてある程度の政策を任されるようになっていたが、曖昧で移り気、無計画な性格の持ち主で、思いつきで繰り出す朝令暮改的な政策が帝国諸侯との対立を招き、思うようにいっていなかった。これに伴い、彼の評判も下降の一途をたどっている。
それに、彼は竜の紋章持ちではなかった。
このため、長男でありながら、次期大公となれるかどうか危ぶむ声が大きくなってきている。
17歳で学園の3年生となった嫡出子で次男のコンラートは、武芸一辺倒のいわゆる脳筋で、根が非常に明るいが、非常に短気である。小細工が出来ない性格で、騎士道をクソ真面目に信じており、” 正々堂々”をモットーとしている。
とはいえ、彼は、小さいながらも3cmほどの大きさの竜の紋章持ちであった。
このため、一部の武門の貴族たちからは根強い支持があるものの、帝国諸侯の多くは次期大公としては相応しくないとの見方が既に定着しつつあった。
今年23歳となった嫡出子で長女のエリーザベトは、学問や芸術に秀でた才女であったが、生来の病弱な体質のため、未だに結婚できていなかった。
このため、次期大公レースからは外れたというのが世間の評判である。
大公フリードリヒⅡ世は、結婚できないならば、彼女を修道院に入れることも考え始めていた。
嫡出子の中で最も注目されているのが、15歳となった次女のコンスタンツェである。
彼女は、紋章持ちではないものの、火の魔術に大きな才能を示し、学業の成績も優秀である。
また、この歳にしては、人間関係の処理に秀でていると世間で専ら評判をしている。
このことから、男尊女卑の考えの厳しいこの世界でも、女大公の前例はない訳ではないし、良い配偶者に恵まれれば、彼女が後を継ぐ可能性も十分にあるという見方が広まりつつあった。
最後に、14歳で嫡出子の3男カールであるが、彼は、幼児期に罹った熱病が原因で難聴の障害を抱えており、次期大公レースについては論外と見られている。
アウクトブルグの繁華街の一角に" 禽鳥貴族"という名前の出会い系居酒屋がある。
この店は、帝国大道団という極右団体が事実上のオーナーとなっていたが、そのことを知る者はほとんどいない。
ここでは、訪れた男女の相席を店側がコーディネートし、出会いの場を提供することを売りにしている店で、ご丁寧にも、店の上の階は、連れ込み宿が付属しているという作りになっていた。
その店の個室でのこと……
個室にはいかにも不釣り合いな男女が同席していた。
男の方は、髪を短く刈り込み、眼光の鋭い、いかにもならず者といった外見である。
女の方は、上級庶民風のドレスを着てはいるものの、その所作などから、貴族であることを隠しきれていない。彼女は、少し派手めな化粧をしており、かなりの美人である。体型はぽっちゃり形で、今人気のグラマーな体型をしている。
入口には、彼女の護衛と思われるマッチョな体型をした男が控えている。彼も庶民風を装ってはいるが、護衛騎士である雰囲気を隠しきれていない。
眼光の鋭い男が口を開いた。
「例の物が手に入りやした。近々、実行役に渡す手はずになっておりやす」
「わかったわ。手はずに抜かりはないわね」
「もちろんでございます」
「ならば安心ね。これで奴を亡き者にすれば、ハインリヒ様も安泰だわ。やはり大公は伝統に則り、長子相続すべきなのよ」
「それはごもっともでございます」
「ハインリヒ様が大公となり、私が正夫人となれば、あんな不毛な戦争は止めさせてみせる。手続きに則って即位した皇帝に逆らうなんて愚の骨頂よ」
「それについては、我らも大賛成でございます。つきましては、お嬢様が正夫人となった暁には、我らのこともお忘れなきよう……」
「もちろんよ。それについては、ハインリヒ様にとりなしてみせるわ」
数日後。
禽鳥貴族の個室でのこと……
「これが例の物だ。やるべきことはわかってるだろうな?」
髪を短く刈り込み、眼光の鋭い男が、そう静かに言うと、掌にすっぽりと収まるほどの小さな包みを、向かい合っている男にわたした。
包を渡された男は、20代半ば程の年齢でなかなかのハンサムであるが、顔は青ざめ、あからさまに怯えている。
彼は、やっとの思いで言葉を発した。
「言われたとおりにすれば、本当に借金はチャラにしてもらえるんですよね」
「最初からそう言ってるだろう。てめえ、帝国大道団にケチをつける気か!」と眼光の鋭い男は凄んだ。
「い、いえ、決してそんなことは……」
「わかりゃあいいんだよ。つべこべ言わずに、おとなしくいうことを聞きやがれ」
「わ、わかりました」
包を渡された男は、ガックリと首を項垂れた。
眼光の鋭い男は、その様子を気にも留めず、さっさと個室を出て行く。
個室に一人ポツンと残された男は、動揺した心持で、小さな包みを眺めていた。
小一時間も経ったとき……
「ご合席いただきたいのですが、よろしいですか?」
店の店員から声をかけられた。
出会い系居酒屋ならではのサービスである。店員もポツンと一人でいる男に気を使ったようだ。
男は、うろたえた表情で答えた。
「い、いえ。そんな気分じゃないので……今日は帰ります」
そう言うと、男はそそくさと帰っていった。
(別に、追い出すつもりじゃなかったのに……)
そんな男の後ろ姿を見て、店員は不思議に思った。
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