第85話 トネリコ友愛会(2)
男たちは、祠に供物を供え、祈りを捧げ始めた。
しかし、祠に詣でることができる人数には限りがある。
彼らは、公平を期するため、団体を結成し、参拝者を調整することを始めた。
だが、ニンフォレプシーとなる男たちは増える一方で、なかなか順番が回ってこない。
痺れを切らした男たちは、金を出し合い、邸外からトネリコの古木を一望できる場所に立派な祠を建設した。
神社でいえば、こちらが本社で、邸内の祠は奥社といったところだろうか。
本来であれば、上級貴族街にこのようなものを建設するのは至難の業なのであるが、ローゼンクランツ新宅から道を挟んだ反対側にある邸宅の主であるアクセル・フォン・ロルツィング伯爵も、邸外を歩いていたプランツェを目にしてニンフォレプシーとなっていたのだった。
彼は、わざわざ自らの邸宅の敷地の一部を、祠建築のために提供したのだ。そして、彼自身は、これをニュンペーたちへの貢献であると至高の喜びに浸っているのだった。
ニュンペーたちは下級の神でもあるが、神の神格の源泉はそれを信ずる者の信心にも由来する。
彼女らは、男たちに祈りを捧げられることで、神格を高めていった。
それにより、彼女らの美貌にもよりいっそう磨きがかかり、ニンフォレプシーの男も増えていくという無限ループに入り込んでいった。
彼らは、互助的団体を本格的に組織すると、これを“トネリコ友愛会”と名付けた。
トネリコ友愛会の会長は、社会的地位からも、また祠の敷地を提供したという貢献度からも、相応しいロルツィング伯爵が務めることになった。
様々な立場にある男たちから構成されたトネリコ友愛会は、他では得られないような情報も集まってくる。
できれば、しかるべき者を派遣して、その情報も得ることができれば……
トネリコ友愛会の様子を知ったルードヴィヒは、ルディとともに知恵を絞った。
「どうされますか。彼らが受け入れやすい人物がいればよいのですが……」
「こうなっちまったら、立派な神様だと開き直って、誰かを巫女さんに仕立て上げたらええんでねえけぇ」
「それはいいお考えです。そうすると、人選はどうなさいますか?」
「若い女っちぅたらゲルダになるが、年齢的にきっついし、闇属性だすけのぅ……」
「そうしますと?」
「ちっと歳取っとるども、リヒャルダさんしかいねぇろぅ。ネズミなら、それらしく化けてくれるろぅし……」
「Zu Befehl mein Gebieter」(おおせのままに。我が主様)
こうして、リヒャルダがルードヴィヒの部屋に呼ばれた。
「失礼いたします。リヒャルダ・ビエロフカ。命によりまかり越してございます」
「いやいや。固ってぇのぅ。リヒャルダさんは、庭師っちぅ建前だすけ、そのつもりで普通にしとればええがんに」
「かしこまりました。旦那様」
「実はのぅ……」
ルードヴィヒは任務の趣旨を伝えた。
「なるほど……巫女というのは、今まで変装した経験がありませんが、勉強してみます」
「そんだば、よろしくのぅ」
「かしこまりました。旦那様」
こうして、巫女となったリヒャルダの変装は、見事としかいいようがなかった。
帝国では、古来の習俗として、都市の守護神であるアテナを祀った神殿などが残っており、そこに巫女的な女性もいるのだが、衣装は相も変らぬ古代ルマリア風の貫頭衣で、そこに創意工夫があるとは、とても言えなかった。
リヒャルダは、これに巫女の聖性を踏まえた、優美さと厳格さの印象を与えることができるようにアレンジを加え、髪型や化粧もそれに合うようにした。
そして、エリアスを無垢な少年従者にしたて、それに見合った衣装も身に付けさせた。
そのうえで、ロルツィング伯爵を訪問するに当たり、迎えを寄こすよう要求した。あえて高飛車な態度に出ることにより、巫女の方が地位は上であると示したのだ。
伯爵は、”たった一区画の距離なのに”と不審に思いながらも馬車とともに、案内をさせるために、客室係を派遣してきた。
これに対するリヒャルダの態度はあくまでも居丈高である。
馬車に乗るときも、黙って手を差し出し、エスコートを要求する。気づいた客室係は、慌ててこれに応じた。
これを邸宅で出迎えたロルツィング伯爵は、リヒャルダの優美かつ厳格な姿を一目見て深い感銘を受けた。
そして丁重に客室へ案内する。
「本日は、神々の使いであられます巫女様においでいただき、光栄の至りに存じます」
「本日、罷ったのは他でもない、我が神々におかれては、神々及びこれを守護し奉るローゼンクランツ家に仇なす者あらば、その者の情報を直ちに我に知らせよとのご意向じゃ。心して励むがよい。それがなによりの神々への献身となろう」
「ははっ。身命を賭して、これに励みまする」
「良い心がけじゃ。神々もさぞお喜びになるであろう」
「過分なお褒めをいただきまして、身に余る光栄に存じます」
「では、頼んだぞ」
伯爵は、この後、この高慢な要求を、この上ない献身の機会だと涙を流して喜んだという。
これを伝えた、トネリコ友愛会のメンバーも同様な反応だった。
こうして、トネリコ友愛会は、一風変わった情報収集組織ともなったのである。
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