第85話 トネリコ友愛会(1)
庭の手入れ作業というものには季節性がある。
剪定一つとってみても、下手な時期にやると、せっかく芽吹こうとしている花の蕾を刈ってしまうようなことになる。
このため、ある時期に集中して枝打ちを行ったり、追肥をしたりといった作業が発生する。
いくら庭師を増やしたからといっても限界があり、このような集中作業を行うために、臨時の作業員を手配することは必須であった。
今日は、高木の枝打ち作業を集中的に行うことになっている。
一般的な庭師は、剪定といっても、梯子が架かる高さまでしかできない。
それ以上の高さになると、命綱をつけて登るといった高所作業のスキルをもった空師に依頼することになり、その分だけ料金もかさむ。
しかし、ローゼンクランツ新宅の場合、木精霊・ドリュアスのプランツェや森精霊・アルセイスのヴァルトは、精霊であるから身軽であり、どんな高所でもひょいひょいと登ってしまう。
プランツェは、集まった作業員たちに向かって言う。
「では、私とヴァルトが枝打ちをしますから、皆さんは、落ちてきた枝を集めたら堆肥置き場へ持って行ってチップにしてくださいね」
ローゼンクランツ新宅では、剪定した枝、生ごみ、落ち葉などの有機ゴミは堆肥化して再利用することにしていた。これはヴァレール城にいたころからの習慣である。
枝については、これを砕いてチップにする機械をマリア・テレーゼが開発したものが置いてあった。
作業員の一人が驚いて声を上げた。
「ええっ! あなたがたは空師なんですか? 命綱なんか見当たらないんですが……」
「なんですか、それ? そんなもの邪魔なだけですよ」
「でも、危険なんじゃあ……」
そんな声をよそに、プランツェとヴァルトは、さっさと高木にひょいひょいと登っていってしまう。その様は、まるで木の上で舞い踊るがごとしであった。
集まった作業員たちは、その様をきょとんとして見上げていたが、枝打ちした枝がバサバサと落ちてくるに至って、ハッと我に返るとやおら作業を始めた。
堆肥置き場へ枝を持っていくと、フェルセン婆さんが控えていた。
ここで枝をチップにするとともに、堆肥の発酵を促すため天地返しをするのだ。堆肥化の主役は好気性微生物である。
「さあさあ。手の空いている者は、堆肥の天地返しをしておくれ」
「よっしゃー! 任せとけ」
元気のある作業員たちがこれに応じた。
作業員たちは、すぐに驚いた。
「すげえな。ここの堆肥は。暖かくて湯気が出てるぜ……」
それもそのはずで、フェルセン婆さんが土魔法も使って微生物の発酵が最高のパフォーマンスになるために調整しているのだった。
そして、作業員たちは、枝打ちの現場に戻っていくのだが、気になるのはプランツェとヴァルトの姿だ。
木の上をひょいひょいと移動する姿は、もはや芸術の域に達しているかのようで、思わず見入ってしまう。
そうしているうちに、それほど時間もかからずに、枝打ちの作業は終わった。
ルードヴィヒの趣味で、できるだけ自然の森に近い形の環境にしたかったので、枝打ちは枝が重なったところや枝が混んでいるところの整理など、最低限の剪定とすることになっていたからだ。
作業を終わり、プランツェとヴァルトが作業員を労う。
「皆さん。お疲れ様でした。次の作業があったらまた来てくださいね」
と言うと、プランツェとヴァルトは、優雅に微笑む。
だが、作業員たちには、立ち去る様子がない。
彼らは、プランツェとヴァルトに見入っている。
作業員の一人が言った。
「あなた様は、ドリュアス様ですよね。その……絵で見た姿にそっくりなのですが……」
「いやだぁ。私には主様からもらった”プランツェ”という名前があるのよ。その名前で呼ばないで」
「ですが……」
作業員たちは、プランツェとヴァルトを更に凝視した。
やがて、彼らの表情は恍惚に満ちたものとなっていく。
彼らはニンフォレプシーとなってしまったのだ。
その様子を見たプランツェは不思議そうに言った。
「皆さん。どうされたのですか?」
「「「ハハーッ!」」」
作業員たちは、神を崇めるように、その場にひれ伏した。
作業員の一人が思いつめたように言う。
「俺たちは、ドリュアス様とアルセイス様のために、身を尽くして働かせていただきます。手間賃なんかいりません。必要なときは、いつでも呼んでください」
「はあ……よろしくお願いいたします……」
訳が分からないながらも、返答をするドリュアス……
「「「ハハーッ!」」」
作業員たちは、またもその場にひれ伏した。
そして、評判は評判を呼び、ニンフォレプシーとなる男性は増えていった。
信仰の対象は、他のニュンペーたち、そして屋敷のメイドである精霊たちにまで広がっていく。
やがて、ニンフォレプシーとなった男性たちは、ローゼンクランツ新宅のシンボルツリーであるトネリコ古木の前に祠を作りたいと言い出した。
彼らの意向を聞いたルディはルードヴィヒに判断を仰ぐ。
「はぁっ? すっけんことになっとるんけぇ……しっかし、そっけ大勢が屋敷に入られても困るんがのぅ……」
「もちろん、むやみやたらに屋敷には入れません。祠に詣でる者は、庭での作業に従事した者に厳しく限定します」
「しゃあねぇのぅ……そんだば、そういうこって」
「Zu Befehl mein Gebieter」(おおせのままに。我が主様)
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