第82話 最恐ウエイトレス(2)
だが、いつまでも感心してもいられない。
ヘルミーネは、なんとか気を取り直して、一通りの接客の仕方を教えた。
「委細承知した。任せておけ」
「では、よろしくお願いいたします」
しばらくして、客が入り始める。
「いらっしゃいませー」
クーニグンデの声は、いささか愛嬌にかけるものの、来店の挨拶そのものもできている。
客は、おひとり様の常連の男性だったが、新人と見て声をかけた。
「おや。見ない顔だけど、新人さんかい?」
「はい。クーニグンデと申します」
「そうかい。ここはいい店だから頑張りなよ」
「恐れ入ります」
ヘルミーネは、このやり取りを不安げに見守っていたが、きちんと対応できていたので、安心した。
(なんだ。やればできるんじゃない。心配して損しちゃった……)
クーニグンデは、そのまま問題なく、次々と客をさばいていく。
ヘルミーネが、一安心したとき、柄の悪そうな3人組が店に入ってきた。
店内が一気に剣呑な雰囲気に包まれる。
「いらっしゃいませー」
クーニグンデは、この程度のことは歯牙にもかけず、淡々と来店の挨拶を言った。
そのまま3人組を空いた席に案内すると、型どおりの対応をする。
「こちらがメニューでございます。ご注文の品が決まりましたら、お声がけください」
そう言って、クーニグンデが踵を返したとき、男の1人がクーニグンデの尻にタッチしようと手を伸ばす。
しかし、それに気づかぬクーニグンデではない。
男の手を取ると、力に任せ、一気に捻りあげた。
「イテテテテ……」
手を掴まれた男は悲鳴を上げる。
やがて「ゴキッ」という鈍い音がした。肩間接が外れたのである。
クーニグンデが手を離すと、男の手は明後日の方向を向いており、男は脂汗を浮かべながら苦しんでいる。
「このアマぁ! 何しやがる!」
もう一人の男が有無を言わさず殴りかかる。
が、クーニグンデがその手を横合いから掴んで止めた。
「くっ。放せ! 放しやがれ」
「何をバカなことを。我はローゼンクランツ卿のハーレム序列第一位のクーニグンデだ。我に手を出したら主様が黙っておらぬぞ」
クーニグンデのもの言いは、あくまでも冷静で冷たかった。
真の強さというものを心得た者ならば、このあたりでクーニグンデの強さを察するべきであるが……。
3人目の男が脅しをかける。この男がリーダーのようだ。
「そんなハッタリが通じると思ったか。このクソアマがぁ! こらあ痛い目にあわせるだけじゃあ気が済まねえ。このツケは、てめえの体で払ってもらおうか。後で泣いて謝っても許さねえからな」
クーニグンデが言い返そうとしたところで、ヘルミーネが諫めた。ルードヴィヒのパーティーメンバーということで、彼女の強さは容易に想像できたからだ。
彼女ならば、この程度の輩は瞬殺だ。そして、その想像は見事に当たっている。
「殺しちゃダメですからね。怪我をさせるにしても軽傷程度にしておいてください」
クーニグンデは、少し呆れ気味に答える。
「客商売というのも、面倒なものだな……」
だが、3人目の男は、そのやり取りを聞いても疑問に思わなかった。
「なに余裕ぶっこいてやがる!」
その男が殴りかかろうとしたとき、機先を制して手を一閃させると、その手の爪が男の頬を掠った。男の頬から一筋の血が滴る。
次の瞬間、男は口から泡を吹き、失神すると、そのままバタリとぶっ倒れた。
クーニグンデは、爪から毒を少量注ぎ込んだのだった。
その毒は、とある神経系に作用してこれを破壊するもので、これに侵されたものは、”なに”が勃たなくなるという、男にとっては、この上なく恐ろしい毒なのだった。
クーニグンデとしては、主人のルードヴィヒの名前を出してもこれを無視し、その名誉を傷つけたばかりか、自らの身を穢すなどと脅迫までされて、その怒りは頂点に達していた。
ぶっ倒れた男は、クーニグンデが手加減した結果、命があっただけでも目っけ物と思うべきだろう。なにしろ、彼女は最恐の黒竜族なのだから。
ヘルミーネは、慌てて声をかける。
「ちょっと、クーニグンデさん! やりすぎなんじゃあ?」
「なに。死んではおらぬ。我が本気になれば、一瞬でここに醜く崩れた腐乱死体が3つ並ぶはずだからな」
「ヒェーーッ」
手を掴まれたままの男は、それを聞くと恐怖で悲鳴を上げた。
顔面は恐れのあまり引きつって歪んでいる。
クーニグンデは、構わず掴んでいる手の爪を立てると、先ほどの男を同じ毒を注ぐ。男は、同じく泡を吹いてぶっ倒れた。
肩間接を外された男も逃走を試みたが、同様な結末を辿った。
そして、ここに泡を吹いてぶっ倒れた男が3人並んでいる。
「商売の邪魔だな……」
そうボソッと言うと、クーニグンデは、力任せて男を片手に一人ずつ掴み上げると、店の扉から外へと放り投げた。最後の男も同様に放り投げる。
騒ぎを聞きつけ、どこからか集まってきた野次馬たちが慌ててこれを避けると、遠巻きにして、興味深げに見入っている。
しかし、介抱して助けようとする者は一人もいなかった。人というものは、こういう場合に、案外と機転が利かないものなのだ。
それから2,30分ほど経って、野次馬たちも飽きて三々五々と解散しようとしているところで、男の1人が気づき。他の男を起こすと、重い足取りで去っていった。
そんなことを他所に、三毛猫亭は、淡々と営業を続けていた。
その一方で、ヘルミーネは考えた。
確か、あの男たちは黒竜会の構成員だった気がする。
(だとすると……お礼参りは避けられないのでは……)
クーニグンデが簡単に負けるとは思えないが、これから泥沼の抗争が繰り広げられるのではないか……。
そう考えると、ヤスミーネとヘルミーネ姉妹の心中は穏やかではなかった。
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