第80話 商会の情報網
その後、ルードヴィヒは、聖ロザリオ商会を訪ねていた。
情報収集には、商人たちが集めた情報も貴重だと思ったからだ。
その提供を依頼しに訪ねたのである。
対応は、商会長のフーゴー自らが出てきてくれた。
ルードヴィヒが来訪の趣旨を伝えるとフーゴ―は言った。
「わざわざのご足労、痛み入ります。その件に関しましては、むしろ我々の方から提案するつもりでした。なにしろ、ローゼンクランツ家と我が商会は運命共同体と言っても過言ではありませんから」
「そう言われてみれば、そうだのぅ。そんだば、よろしく頼まぁ」
「かしこまりました。つきましては、ローゼンクランツ新宅とのつなぎが必要なときは、ロマンを伺わせますので……」
「そうけぇ。そんだば、ロマンさん。ご苦労をかけるども、よろしくのぅ」
「いえいえ、ぜひとも遠慮なくこき使っていただければ幸いです」
「はっはっはっ……おめぇさんも、うめえこと言うのぅ」
こうして、ロマンは、ローゼンクランツ新宅と聖ロザリオ商会の連絡要員として、度々顔をみせることになる。
そして、ロマンが初めてローゼンクランツ新宅を訪れた日。
彼がドアノッカーを鳴らすと、カミラが応対に出た。
この邸宅のメイドは破格の美女ぞろいであり、彼女らが応対に出ると客の腰が引けてしまうため、今ではカミラがお客様の案内係としてすっかり定着していた。
カミラとて、世間的に見れば十二分にチャーミングな少女なのだが、比較対象がハイレベル過ぎる。
カミラが、屋敷の扉を開けると、自分よりも少し年上で、小ぎれいな身なりをした少年が立っていた。
その少年、すなわちロマンは、カミラを見ると、ニッコリと微笑んだ。
ロマンは、いつもの商人スマイルを見せただけなのだが、世間擦れしていないカミラは、強い感銘を受けた。
(なんて爽やかな笑顔なのかしら……)
ロマンは、いつもの商人口調で言った。
「私、聖ロザリオ商会のロマンと申します。ローゼンクランツ卿はご在宅でしょうか?」
「はい。今、部屋におりますが……」
「では、卿にお話ししたい儀があるのですが、お取次ぎ願えませんでしょうか?」
「承知いたしました。では、応接室にご案内いたします」
「いえ。大変申し訳ないのですが、内密な話ですので、直接お部屋にご案内いただけると助かります?」
「そういうことでしたら、侍従に取り次ぎますので、彼の指示に従ってください」
「了解いたしました。では、よろしくお願いいたします」
(爽やかなだけではなくて、態度や物腰もしっかりしているのね……)
カミラは、感心しながら、ルディのもとへ向かう。
カミラは、ルディにバトンタッチすると、自分の持ち場へと下がっていった。
ルディは、開口一番に言った。
「聖ロザリオ商会のロマン様ですね。主様の部屋までご案内いたします」
ロマンは、初対面なのにいきなり自分の名前を呼ばれて驚いた。思わず尋ねてしまう。
「なぜ、私の名前をご存知で?」
「聖ロザリオ商会の徽章を付けていらっしゃいますし、商会からの使いが来られるということで、年恰好も伺っておりましたので……」
(一瞬で、そこまで観察したというのか……)
ロマンは、唖然としたが、当のルディは当然とばかりにすまし顔をしている。
「そうでしたか。素晴らしい観察眼をお持ちで」
「侍従なら、当然できてしかるべきことです。やたらな人物を主様に取り次ぐ訳にはまいりませんので」
「それもそうですね……」
ロマンとしては、ルディに圧倒されて、二の句が継げなくなってしまった。
そして、ルードヴィヒの部屋に案内され、情報を伝えた。
内容としては、黒竜会の構成員がさる薬種商と数回接触を持ったというものである。その薬種商は裏で毒薬も扱っており、中には暗殺用の特殊な毒薬も含まれている。
「んーーん? そういうことけぇ。黒竜会が抗争相手を狙っているんだば、そんな回りくでぇこたぁしねぇろうし……誰かの依頼で動いとるんかのぅ。そりだども、まだ、暗殺かどうかもわからねぇし、今んとこは、海のものとも山のものとも言えねぇのぅ」
ロマンは、申し訳なさそうに言った。
「確かに、今のところは未確定の情報の断片に過ぎませんが……」
「いやあ、気にするこたぁねぇよ。こっちとしては、事態の見逃しが怖ぇがぁだすけ、些細な情報でもどんどんもらえるとありがてぇがんに」
「卿のお考えは、よくわかりました。その線で最善を尽くさせていただきます」
「そんだば、よろしくのぅ」
そこでルディが発言した。
「それでは、些細な情報については、まずは私がお受けして、内容を精査・整理したうえで、主様にお伝えすることにしてはいかがでしょうか?」
「確かに、おらも学園に通ったりしていねえこともあるし、ルディにそうしてもらえると助かるのぅ。そんだば、やってくれるけぇ」
「Zu Befehl mein Gebieter」(おおせのままに。我が主様)
事が一段落して、ロマンは、ルードヴィヒの部屋を後にした。
道すがら、ロマンは訪ねた。
「そういえば、失礼ながら、あなたのお名前を伺っておりませんでしたが……」
「こちらこそ、大変失礼を。私、この屋敷で侍従兼執事見習いをしておりますルディ・アーメントと申します。以後、良しなによろしく申し上げます」
「ローゼンクランツ卿とたいへん似ていらっしゃるのですが、ご親戚か何かで?」
「遠い親戚のようなものですが、私自身は、主様の矮小な付属物に過ぎません」
「それはまたご謙遜を。拝見させていただいた限りでは、たいへん優秀な方とお見受けいたします。本当は、どこかで高度な教育を受けた貴族か、教会関係者なのでは?」
「いえ。Es ist nur ein Butlerlehrling」(あくまで執事見習いですから……)
その日、ロマンは、もやもやした気持ちのまま家路についた。
(やれやれ、主が主なら、侍従も侍従だな。揃って普通じゃない……)
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