第78話 痴戯の図(1)
ルードヴィヒとエーシェが邸宅に戻ると、今日加わることとなったニュンペーたちと元からいる精霊たちは、表面上は当たり障りのない感じで会話をしているが、その実、相手をライバル視して、視線が激しい火花を散らしている。
その不穏な空気を感じたデリアとカミラは不安げな顔を隠せず、ゲルダに至っては今にも泣きそうになっている。
さしもの姐御肌のカタリーナも、この場を収めかねているようだ。
そして、ユリアは、この空気を感じているのか、いないのか、相変わらずマイペースだった。
(こらぁ……どうしたもんかのぅ……)
知恵を絞るルードヴィヒ……。
(そういやぁ、ニュンペーたちは、歌と踊りが大好きだすけ……)
「せっかくだすけ、今夜は皆の親睦を深めるパーティーでも開こうかのぅ……」
承認欲求の高さは"かまってちゃん"の特徴であり、ニュンペーたちは自己顕示欲が強い。彼女らの大好きな歌と踊りを披露できる場を設けて、褒め称えれば、いいガス抜きになるだろうとルードヴィヒは踏んでいた。
そして、思惑どおり、ニュンペーたちは、この提案に飛びついた。
「そんだば、デリアさん。急なことで済まねぇども、よろしく頼めるかぃのぅ。あとは、手の空いている衆も、デリアさんを手伝ってくれや」
「「「かしこまりました。旦那様!」」」
そして、夜……。
急な提案であったにも関わらず、テーブルにはかなりのご馳走が並んでいた。
実は、こういう突発的な仕事の裏では、ルディが大活躍したりしているのだが、ルディは、そのようなことはおくびにも出さず、せっせと給仕の仕事をこなしている。
ニュンペーたちは、待ってましたとばかりに、自慢の歌を披露し、薄絹一枚の姿で踊りに興じていた。
最初はどうかと思ったが、ライヒアルトはまだ駐屯地から帰って来ておらず、この屋敷にいる男性は、ルードヴィヒ以外では、ディータとルディだけだ。使用人の鏡のような二人ならば、不測の事態は起きないだろうと思えた。
それならば、彼女らの好きにさせた方が、本来の目的に適うだろう。
場は盛り上がり、ニュンペーたちは、主要6属性の精霊たちの手を引っ張って参加するように誘う。
彼女たちは、ルードヴィヒの方にチラリと視線を向けたが、否定的な感触がなかったので、これに応じた。
気がつけば、彼女たちもまた、薄絹一枚の姿で踊っている。
主要6属性の精霊たちは、ニュンペーたちと違って恋愛好きということはない。むしろ、本来、生殖行為を行わない彼女たちは、性的なことに関心がなく、性に無頓着であるといえる。その意味で、肌を見せることへの羞恥心やそのことが招きかねない結果についても、ほとんど自覚がないのであった。
(これはこれで、問題かもしれんのぅ……)
彼女たちが踊る姿をちゃっかりと鑑賞しつつ、ルードヴィヒは、そんなことを考えていた。
さらには、もともと剽軽な性格のハラリエルも薄絹一枚の姿になって踊りの輪に加わっている。まあ、これは自然の流れで、こうなるであろうことは予想の範囲内だった。
ハラリエルのそれは、踊りといってよいものか微妙なものだった。”天使の舞”という例えもあるくらいなので、本来、天使は踊りが上手くてしかるべきと思われるのだが……。
程なくして、カタリーナは、じれったそうにルードヴィヒに言った。
「旦那様。あたしも踊っていいだろう。あたしもいろいろと溜まっちゃってるからさあ……」
「もちろん、ええども……」
「じゃあさあ……久しぶりのあたしの柔肌を見ておくれよ。女に飢えた少年の舐めるような卑猥な目つきでさあ……」
「はあっ? タリナ姐さ。何言ってんでぇ」
カタリーナは、それには答えず、やはり薄絹一枚の姿になると、ニュンペーたちと一緒に踊り始めた。
彼女の場合は、本格的な舞踏の訓練はしていないので、ほぼストリップダンスのようになってしまっている。
ルードヴィヒは、予告していたとおり、カタリーナにふしだらな行為を求めることは一切していなかった。このため、彼女は欲求不満ぎみになっていたのだろうか?
かといって、これからもカタリーナに手を出すつもりは、ルードヴィヒにはなかった。
一方で、デリアは、人妻であるので、参加を自重しているようだ。彼女自身は、元娼婦であるから、この程度のことには全く動じていない様子だ。
デリアは、聖ロザリオ商会に斡旋してもらった、こぢんまりとした一軒家でダリウスと二人暮らしをしており、ローゼンクランツ新宅へは通いで来ている。
彼女は、調理関係の責任者であり、帰宅は夕食後の後片付け後の遅い時間となるため、ダリウスは、毎夜、律儀に迎えに来ていた。
確かに、万が一、ダリウスが早めに迎えに来て、デリアが薄絹一枚で踊っている様子などを目にした日には、目も当てられない状況となるのは、火を見るよりも明らかだ。
マルグレットも、この程度のことでは動じないようだ。彼女は、視線をチラリとルードヴィヒに向けた。命令すれば、いつでも応じるということなのだろう。
(いやいや。それはねぇすけ……)
ユリアは、一見すると感心がなさそうにしており、淡々と空いた食器を下げたりしている。が、本当のところは、心穏やかではないのかもしれない。
カミラは常識人であるので、この様子を信じられないといった表情で呆気にとられている。
多感なお年頃のゲルダは、この様子を真っ赤になりながらも、興味深く見つめている。
(ゲルダにぁ、ちっとばかし早かったかぃのぅ……)
そこにライヒアルトが駐屯地から戻ってきた。
痴戯の図と化したパーティーの様子を見て、一瞬興味は惹かれたものの、妹のゲルダが赤い顔をして見入っている姿を目にして、危機感を覚えた。
ルードヴィヒに迫ると辛辣な苦言を呈する。
「おまえ。俺の無垢な妹の前でなんていうことをしやがる!」
「いやぁ、この屋敷で暮らしている以上、遅かれ早かれ、ゲルダもこういうことを覚えることにぁなるがぁすけ」
「何だと! 適当なことを言いやがって。おまえに妹の高潔さがわかってたまるかぁっ!」
ライヒアルトは、今にもルードヴィヒに殴りかかりそうな勢いだ。
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