第77話 ニュンペーたち(1)
精霊というのは、主要6属性に限ったものではない。
このほかにも多くの自然精霊などがおり、単純に列挙しても、海精霊・ネーレーイス、水精霊・ナーイアス、木精霊・ドリュアス、山精霊・オレイアス、森精霊・アルセイス、谷精霊・ナパイアー、雲精霊・ネペレー、原精霊・エピメリス、蜜精霊・メリアイ、冥精霊・ランパス、泉精霊・カメーネやトネリコの木の精霊・メリアスなど、枚挙に暇がない。
これら自然精霊は、古代ルマリア神話のなかでは、ニュンペー(ニンフ)という下級女神として扱われている。
が、精霊だの、下級女神といった分類は、人間が勝手に貼り付けたラベルに過ぎず、あまり意味がなかった。
要は、エーテルを核とした体で構成された身体を有する人的な自然霊で、神秘的な力を行使できる存在ということである。
そして、ルードヴィヒは、彼女たちの多くと守護契約を結んでおり、その皆が上位精霊へと昇格していた。これに伴い、自我も獲得していたし、実体化も可能なのであった。
通常、ニュンペーたちは絶世の美女ばかりであり、いつも大好きな歌や踊りに興じている。その姿は全裸か薄絹を身に付けている程度が普通であった。
そんなだから多くの神や精霊がニュンペーに恋をした。恋愛好きなニュンペーは基本的にどんな求愛も断らない。
不特定多数の男性と性行為を繰り返す異常性欲症を"ニンフォマニア"と呼ぶのもここからきている。
しかし、これは一般的なニュンペーの在り様であり、ルードヴィヒと契約したニュンペーたちに限っては、皆が皆ルードヴィヒへの執着が凄まじいため、神であれ精霊であれ、他の男など見向きもしない。
結果、皆が寂しがり屋の"かまってちゃん"であるという、ちょっと困った状況になっているのであった。
「ルード様。お父様が庭師を手配してくださるそうです。もう少し待ってくださいね」
「おぅ。そらぁ、悪ぃのぅ」
「いえ。気にしないでください。私がお婆さんと約束したのですから」
「そらぁ、そうだども……」
リーゼロッテは、フェルセン婆さんとの約束を忘れてはいなかった。リーゼロッテのことだから、リップサービスとは思っていなかったが、使用人に過ぎない庭師長との約束を守るとは、律儀なことだ。
ルードヴィヒは、ローゼンクランツ新宅へ戻ると、フェルセンに吉報を伝えることにする。
「フェルセン婆さ。ロッテ様の親父さんが庭師を手配してくれたがぁと。まちっとすりゃぁ庭師が来ると思うすけ、よろしく頼まぁ。今度こそ、首にせんでくれや」
「もちろん、ちゃんとした腕を持っていれば、首にはしないさ」
「仮にもロッテ様の親父さんが手配してくれた人だすけ、すっけなこと言わんで頼むがぁぜ」
「それは私の責任じゃないね」
(まったく……年寄りっちぅんは、頑固なもんだのぅ……)
そこで、ルードヴィヒは、あることが閃いた。
「婆さ。もしかして精霊なら問題ねぇんでねぇけぇ?」
「ああ。それもそうだね。私も恨みがましい目で見られて困っていたところなんだよ」
(そらぁ、精霊は、嫉妬深ぇからのぅ……)
「そんで、誰がええがぁ?」
「まずは、ドリュアスだろうねぇ」
「なるほど。わかったっちゃ」
ルードヴィヒは、地面に五芒星を描くと、これを円で囲んだ。召喚陣が浮かび上がり、そこから木精霊・ドリュアスのプランツェが姿を現わした。
とんでもない美少女であるが、例によって、薄絹一枚しか着ておらず、大事なところが、いろいろと透けて見えている。
それを見て、ルードヴィヒは恥ずかしくなったが、プランツェ本人はまったく気にも留めていない。
プランツェは、姿を現わすなり、いきなりネガティブな表情で苦言を呈した。
「主様。どうして私ばっかり放置するの。やっぱり皆の方が好きなんでしょう。どうせ私なんか、皆みたいに綺麗じゃないから……もう、いなくなりたい……」
「いやぁ。そんなこたぁねえよ。おめぇは充分魅力的だすけ」
「本当に?」
「もちろん、おらの本心だすけ。んなことで、てっぽこいてもしゃあねぇろぅ」
そこまで言って、ようやく「あ~ん。主様ぁ……」と言いながらプランツェは抱きついてきた。薄絹ごしの彼女の体の柔らかな感触は、いっそ全裸よりも刺激的だ。
ルードヴィヒは、優しく抱き返すと、背中をポンポンと叩きながら慰める。
「これから、ここん家で働いてもらうすけ、ずっと居てええがぁよ」
「ありがとう。主様、大好き」
「そんだば、皆のところへ行って、仲良くしてこらっしゃい」
「わかったわ」
「だが、その前に、その格好はなんとかせえよ」
「ええーっ。やだぁ。人間の服を着るのって、鬱陶しいんですもの」
「そんだば、どうなるか、わかってるろぅのぅ」
「イヤーン♡ 私、主様にエッチなおしおきをされちゃう」
「何言っとるんでぇ。こんエロボケがぁ! また夢幻界に返すっちぅことでぇ!」
「ダメーっ。それだけは、勘弁して! 私、×××でも何でもしますから」
「はあっ? ただ普通の服に着替えろっちぅとるだけでぇ」
「な~んだ。わかりましたよう」
プランツェは、服を着替えると屋敷の方へと向かって行った。
(はーーっ。一人目から疲れるのぅ……)
「フェルセン婆さん。あとはどうするがぁ?」
「あとは、アルセイスだね」
プランツェと同様に森精霊・アルセイスのヴァルトを召喚する。これもまた、美少女の精霊であるが、彼女は全裸だった。
(まったく……ニュンペーってやつぁ……)
ヴァルトは、嫉妬のあまり、いきなり怒りだす。
「主様! 私を差し置いて、他の娘ばっかり可愛がるなんて許せないわ! 私は、ずっとずっと何百年も主様のことばかり想っていたのに……主様のバカァ……クスン、クスン……」
(いやいや……おらぁそもそも何百年も生きてねぇし……それにすぐ泣くし……)
ルードヴィヒは、ヴァルトの頭を優しく撫でながら、言って聞かせる
「ずっと、おらのことを想ってくれて、ありがとうのぅ。おらも、おめぇのことをずっと想ってたがぁよ」
「私も主様のことが大好き……でも、私なんかが、ここで働かせてもらって本当にいいの?」
「もちろんだこてぇ。おめぇの好きなだけ、ここに居てくれや」
「うん。わかった。主様の言うことなら、何でもするわ」
「そんだば、プランツェを追いかけて、皆のところへ行ってこいや。そん前に、ちゃんと服を着るがあぜ」
「やだぁ。面倒くさいぃぃ」
「おめぇのぅ……おらぁ慎みのねぇ女は嫌ぇだ」
するとヴァルトの顔色が不安色に染まった。
「イヤッ。私のことを嫌いにならないでぇ。捨てないでぇ。お願いですぅ……」
「わかったすけ……とにかく服を着ろや」
「は~い」とヴァルトは不満をにじませながら返事をした。
そして、ルードヴィヒがストレージから取り出した服をしぶしぶ着ている。
ルードヴィヒは、ご褒美にハグしてあげながら言う。
「ほれ。やればできるでねぇけぇ」
「(*´σ-`)エヘヘ」
「そんだば、行ってこいや」
「はい。承知しました」
ヴァルトは、不安がっていたのが嘘であるかのように、ニコニコしながら屋敷へ向かって行く。
(本当に泣いとったんかぃのぅ……?)
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