第76話 魔女のサバトの呪い(2)
ルードヴィヒが命じると、ナイトメアは「ヒヒーン」と甲高くいなないた。
拘束された老人は強制的に悪夢を見せられ、「ギャー」と悲鳴を上げながら、全身から冷汗をかいている。
しばらくして、ルードヴィヒが「パチン」と指を鳴らすと、老人は夢から覚めた。ハアハアと荒い息をしている。
「さて……どうでぇ?」
「……………………」
老人はそっぽを向いて無視している。
「言っとくが、さっきから5分しか経ってねぇからのぅ」
「嘘をつけ。半日は経っているはずだ」
「そらぁ、夢を見ていたおめぇの感覚だろ。現実には5分だすけ」
「そ、そんな……」
「まだ、足りねぇようだのぅ。やってくれや」
……とルードヴィヒが再び命じると老人は再び悪夢にうなされ始めた。
人間にとって怖いものとは一つとは限らない。それを手を変え品を変え見せられているのだろう。
そのうちに鳥肌が立ち、股間を熱いものが濡らした。
口はだらしなく半開きとなり、涎が垂れて床を濡らしている。
(こらぁ、どんだけ怖い夢を見せられとるんでぇ。ナイトメア……おそるべし……)
再びルードヴィヒが指を鳴らすと老人は目覚めた。しかし、意識は朦朧としているようだ。
「さて、また5分経ったども、どうでぇ?」
「本当に……5分……なのか?」
「てっぽこいても、しゃあねぇろぅ」
「……………………」
「よっぽど楽しい夢みてぇだのぅ。そんだば、サービスしてもう一度……」
「ま、待ってくれ。話す。何でも話すから……」
老人の話によると、黒幕は薔薇十字団という秘密結社だった。
更に問い詰めると、オークを使ってリーゼロッテを襲撃したことも白状した。
ルードヴィヒは、ツェルター家と密かに連絡を取り、黒幕等の情報とともに、老人の身柄を同家に引き渡した。
自分が狙われたと不安にさせたくなかったので、もちろんリーゼロッテ本人には秘密のうちに事を進めた。
ツェルター家の者は、老人の身柄を引き渡しに来たルディに対し、不思議そうに問うた。
「この者も相当な腕の魔導士のはずなのですが、それを何の苦もなく捕らえたあなたは、本当は護衛騎士か何かなのでは?」
「いえ。Es ist nur ein Butlerlehrling」(あくまで執事見習いですから……)
◆
その日。
リーゼロッテがローゼンクランツ新宅を訪れるとルードヴィヒは、何食わぬ顔で庭へと案内した。
リーゼロッテは、ブラックベリーの実がたわわになっている様子を見て、無邪気にはしゃいだ。
「わーっ。凄―い。こんなになってるんですね」
「増えすぎると困るすけ、どんどん取ってくれや」
「jawohl! mein herr!」(かしこまりました! 上官殿!)
……と言うと、リーゼロッテは、敬礼をした。軍人の真似をしたようだ。
「ぷっ。なんだ、そらぁ。似合ってねぇのぅ」
あまりに可愛らしくてルードヴィヒは思わず噴き出した。
「そんな~ぁ。笑わないでくださいよぅ。これでも練習してきたのにぃ」
「すっけんこと練習せんでも、ロッテ様は、おらが守ってやるがんに」
「……………………」
何気なく言ったその言葉は、むろんルードヴィヒの本心であるが、思いのほかリーゼロッテのハートを射抜いたようだ。彼女は、言葉を失い、無言のまま真っ赤になって照れている。
そんな彼女を見ると、ルードヴィヒは思うのだ。
(こんなロッテ様を狙うたぁ……薔薇十字団とやらは万死に値する……)
◆
マルク・フォン・ツェルターは、リーゼロッテが再び狙われたとの報告を受け取って青くなった。
そして、激しく歯噛みをした。
「冗談ではないっ! またもやローゼンクランツ翁の孫に助けられるとは!」
しかも、彼は、仇敵が薔薇十字団であるという情報までも引き出して見せたのだ。
「リーゼロッテを最も守るべき立場の私がこのざまとは、笑えるな……」
側近が慰めの言葉をかける。
「奴は規格外の化け物なのです。それと比較する方が間違っています」
マルクは、かえってその言葉に気分を害したようだ。
「"規格外"などと戯言を……できないことの理由を探してどうする。
私は強くならねばならない。今度こそ私の手で娘を守るのだ。三度目はない」
「奴に追いつけますか?」
「君、私を誰だと思っているのだ?」
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