第76話 魔女のサバトの呪い(1)
今日は13日の金曜日である。
リーゼロッテは、明日の土曜にローゼンクランツ新宅へ再訪する約束を取り付けて心が弾んでいた。
ブラックベリーが気にいったことを口実に、ルードヴィヒと一緒に庭のブラックベリーを摘むことになっていた。
そして、彼女は今、五芒星のブローチをせっせと磨いている。これは、もはや彼女にとってルードヴィヒへの愛を確認する一種の儀礼と化していた。
ふと気がつくともう深夜である。
(これでいいかな……?)
リーゼロッテは、ブローチを胸に当てて確認してみる。
が、その瞬間、何かがブローチにぶつかったような感覚を覚えた。
(ん? なんだろう……? まあ、気のせいよね……)
リーゼロッテは、そのまま何事もなかったかのように床についた。
だが、実際は、彼女が感じなかっただけで、裏では壮絶なことが起こっていた。
魔女のサバトの呪いは、ツェルター邸の魔術結界を軽々と破ると、リーゼロッテに襲いかかっていたのだ。
偶然にも、ルードヴィヒにより魔除け効果が強化された五芒星のブローチを彼女が身に付けた瞬間であったため、呪いははね返された。
だが、ことはそう簡単ではなかった。
実は、マナというものは、人だけではなく物にも作用する。
それは人が愛着を持って接すれば接するほど効果が積もっていくことになる。過去の英雄や勇者が愛用した武器が伝説級の威力を発揮するのは、そういう理由があったのである。
リーゼロッテの五芒星のブローチは、伝説の武器には遠く及ばないものの、彼女が毎日愛着をもって磨き続けた結果、マナが蓄積し、その魔除けの力は日々強化される結果となっていた。
呪いをはね返すことができたのは、実は、この力があってこそなのであった。
さらには、これらの前提として、何らかの原因で呪いの発動が不完全に終わったこともあるようだ。
◆
ルディが不安に思いながら、魔女たちの様子を窺っていると、強力だったはずの呪いは、はね返されて魔女たちのもとへと戻ってきた。はね返された呪いは倍返しと相場は決まっている。
「ギァァァァ゛……グァァァァ゛……」
倍返しで戻ってきた最強の呪いを受け、人間のものとは思えない醜怪な悲鳴を上げながら悶絶し、苦しむ魔女たち……。
彼女らの体はどんどんと腫れ上がり、もはや人間の形も判別できないほどになって、ついには断末魔の声を上げて絶命した。
この状況を唖然として見ていた黒いローブの老人は、恐れをなし、その場から逃走を試みた。
しかし、魔女たちがいなくなった今、それを見逃すルディではない。
ルディは、疾風のごとく老人に駆け寄ると、みぞおちに強烈なパンチをくらわせ、その意識を奪った。
◆
翌日の早朝。
ローゼンクランツ新宅の尋問室にルードヴィヒとルディの姿があった。
目の前で拘束され、気を失っている老人にルディが水魔法で水を頭からぶちまけると気がついたようだ。
懸命に拘束されている縄を外そうともがいているが無駄な努力だ。
「くそっ。ここは?」
「おらん家の尋問室だ」
そう言われて見回すと、数々の拷問具がこれ見よがしに置かれている。
「おまえ。ローゼンクランツ卿だな」
「さっすが。よく知っとるのぅ。
おめぇにぁ黒幕が誰なんかしゃべってもらわねばなんねぇすけ」
「拷問する気か? 話すものか」
「いつまで、そう言っていられるかのぅ」
「なにっ? 何をする気だ?」
「……………………」
ルードヴィヒはそれには答えず、床に五芒星を描き、これを円で囲むと、召喚陣として浮かび上がる。そこから、邪悪な顔をし、全身を黒い炎に覆われた雌馬が姿を現した。ナイトメアである。
ナイトメアは悪夢を見せる夢魔の一種だ。
ナイトメアの恐ろしいところは、悪夢を見せる者の深層心理を操るところにある。
ナイトメアが恐ろしいと思う夢を見せるのではなく、本人自らが深層心理から恐ろしいと思うものを引き出すよう仕向けるのだ。
当然に夢の内容は個々人によって違う。
ゴキブリやナメクジなどの苦手なものに襲われたり、病気で体が腐り落ちたりと様々だ。
ナイトメアが、念話で話しかけてくる。
『主様。お久しぶりでございます』
「おぅ。久しぶりだのぅ。早速で悪ぃが、やってくれや」
『御意』
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