第75話 薔薇十字団の陰謀(1)
エウロパの地での魔術・錬金術の歴史はまだ浅く、東方から「ソロモンの遺訓」、「モーセ第八の書」といった魔術書がもたらされてから百数十年しか経っていない。
その最初期に設立された秘密結社に"薔薇十字団"がある。"完全にして普遍なる知識"を得ることを目的とし、人間や社会の変革を目指す魔術的組織だとされているが、その最終目的は、人間を究極的な形態まで進化させることにあるとも噂されている。
開祖の名は「クリスチャン・ローゼンクロイツ」というできすぎた名前の男であるが、今もなお生きて組織の総裁を務めているという。これが本当であれば、この世界の平均寿命が50歳代であるので、その倍以上生きているという信じがたい話になる。
ここはアウクトブルグ郊外にある森の奥深くにある建物の中である。
暗がりの中で男が密談口調でしゃべっている。痩せぎすで目が落ちくぼんだ老人で、真っ黒な魔導士風のローブを着ている。彼は、オークどもがリーゼロッテを襲っていたときの監視者であり、計画の実行責任者でもあった。
後ろには真っ黒なローブを着て、お決まりのエナン(とんがり帽子)を被った魔女が13人ばかり控えている。
老人は水晶玉のようなものを覗いている。遠隔地と通信するアーティファクトのようだ。
「アマデオ。例の計画はどうなっている?」
「ようやく儀式のための準備が整いつつあります。そろそろ頃合いかと……」
「それで、今回も狙いはリーゼロッテなのか?」
「奴の弱みはなんといっても、溺愛している末娘のリーゼロッテです。これを亡き者にすれば、このうえなく意気消沈することは間違いありません」
「それは、よく理解した。で、今度こそマルクの奴の意を挫くことができるのであろうな?」
アマデオの脳裏に、オークによる襲撃計画を失敗し、痛罵された記憶が蘇る。
「このために、今回は魔導士級の魔女をフルセットで13人集めました。失敗することは万が一にもございません」
「それは心強い。では、結果を楽しみにしておるぞ。十字団万歳」
「十字団万歳」
魔女たちは、伝統的に13人を単位とする実践グループである"魔女団"を形成して活動する。今回は、その全員でことに当たるということだ。
それほどの企てとは、いったい何なのだろうか?
◆
ローゼンクランツ新宅の執事であるディータは驚嘆していた。
少し前にルードヴィヒ付きの侍従となったルディは、通常の使用人の5倍以上は働いているうえ、駆け出しのハウスボーイがやるような仕事でも、いやな顔ひとつせず、淡々と処理している。
試しに、会計帳簿を付ける仕事を任せてみたところ、卒なくこなしたどころか、改善点を提案される始末だった。
自分も歳であるし、今の仕事をいつまで続けられるか心もとない。ついては、ルディこそ自分の後継者に相応しいと考えた。
また、彼の能力をもってすれば、ルードヴィヒが領地を得た際に、これを管理する家令も問題なく務まるだろう。
ディータがルードヴィヒに相談すると、あっけなく了承された。
「ルディなら問題ねぇろぅ。ディータさんも、ええとこに目ぇつけたもんだぃのぅ」
「恐れ入ります」
ルディに、その旨を伝えたところ、本人も淡々と了承した。
「執事様にそのようにご評価いただけているのでしたら、私には何の異存もございません」
こうして、ルディは侍従兼執事見習いとなった。
◆
ルディは、今日も市場へ食材の買い出しに来ていた。
通常は、駆け出しのハウスボーイの仕事であるが、男手の不足しているローゼンクランツ新宅では、ルディの担当となっていた。
買い物が一区切りついたとき、町の城門の一つから入って来る魔女の姿をした女性の気配に気づいた。
(あれは……魔女か!?)
彼女は自らの魔力の強さを巧妙に隠してはいるが、ルディはそれを見破った。魔導士級の実力者であり、闇の魔力を保持していることは間違いない。
魔女というものは、悪魔と契約した女であり、教会に見つかれば異端審問にかけられる。
では、なぜ彼女は平然と歩いているかというと、占い師やまじない師の類が箔をつけるために魔女のコスプレをしているケースも多かったからだ。堂々とした彼女の態度は、いかにもそういった類の女であることを道行く人々に想起させていた。
不審に思ったルディは、気づかれないようにその魔女の女を追うと、中央公園の中にある森林の中に消えていった。
しばらく様子を見ていると、また一人魔女が森林の中に入っていく。
時間差をつけて、それは続き、合計13人となった。
(魔女団が全員集まったということか……いったい何を企んでいる?)
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