第74話 魔女の塔(2)
長女のマリア・テレーゼもまた、日本からの転生者であった。
彼女もまた、マリアの後輩として、英国のK大学の助教授を務めていた。
彼女の専門は、物理学で、中でも量子力学を専門としていた。
だが、彼女もまた、加速器を用いた素粒子の実験中に忽然と姿を消していた。周囲からは、その実験により、極微細なブラックホールが発生することを懸念する声があったので、あるいはそれに巻き込まれたのかもしれなかった。その末に魂ごとマリアと同じ異世界に飛ばされたのだろうか?
マリアは、自分の経験もあったので、娘のマリア・テレーゼが転生者であることをすぐに見抜き、マリア・テレーゼが成長すると二人は意気投合して研究に打ち込んだ。
異なる分野の専門家である二人は、互いに足りない部分を補い合うことで研究の効率は倍することになった。
そして、二人が魔術・錬金術全般について研究を進める一方で、熱心に取り組んだテーマがホムンクルスの創造だったという訳である。
◆
ルードヴィヒが10歳となったある日。
彼は、マリア、マリア・テレーゼ母子から魔女の塔の研究室に呼ばれた。
「婆さたち。何か用けぇ?」
マリア・テレーゼは、さも何でもないといった感じで言った。
「てぇしたことじゃねぇが、おめぇの種を寄こせや」
「はぁっ! 種っ?」
「おめぇもいい歳して意味ぐれぇわかるろぅ。皆まで言わすもんでねぇ」
ルードヴィヒは、あらぬことを想像してしまった。
「まさか、婆さとやるっちぅことけぇ。すっけなもん、できるわけなかろぅ。ボケたんか!」
「誰もすっけんこと言っとらんろぅ。こんエロがきゃぁ! 種だけ寄こせば、ええがあぁてぇ」
「はあっ? 今、ここでけぇ?」
「家族ん前だすけ、しょうしいこたぁなかろぅ」
……というと、マリア・テレーゼは透明な瓶をルードヴィヒに差しだした。
唖然としながらも、ルードヴィヒは、それを受け取る。
「本気で言っとるんけぇ?」
「可愛い孫が、××××こく姿をいっぺん見ておくんも、悪くなかろぅ。のぅ、おっ母さ」
「あたしも冥土の土産に、ぜひいっぺん見ておきたいねぇ」とマリアまで悪乗りしている。
「すっけなもん、人前でできるけぇ!」
……と言うなり、ルードヴィヒは、走って部屋を飛び出した。
律儀なことに、行先はトイレの個室である。
暫くして、ルードヴィヒは、研究室に赤い顔をして戻ってきた。
(よりにもよって、透明の瓶たぁ、婆さも気がきかねぇ。これじゃあ丸見えでねぇけぇ……)
ルードヴィヒは、マリア・テレーゼに無造作に種を採取した瓶を手渡した。
「ほれっ。これでええがぁろぅ」
マリア・テレーゼは、またもや無神経に言い放つ。
「おおっ。こらぁ、いっぺぇ出たのぅ」
「すっけんこと、加減できるもんけぇ!」
「おめぇ、ルークスに処理してもらっとるんでねかったんけぇ?」
(ええーっ? 何で婆さがそんことを……まさか……)
「あらぁ、婆さの差し金けぇ?」
「当たり前でねぇけぇ。精霊が"なに"を知っとるわけなかろぅ。可愛い孫がみじょげらだと思ったすけ、おれがルークスに頼んだがぁてぇ。お礼ぐれぇ言わんけぇ」
確かにありがたい話ではあるのだが、これまでマリア・テレーゼの掌で転がされていたと思うと、無性に腹が立ち、居ても立っても居られない。
「婆さどもの、妄想っこきゃぁ!」
……と言うなり、ルードヴィヒは、部屋を飛び出して行った。
だが、マリアとマリア・テレーゼ母子は、顔を見合わせると、用意はできたとばかりにニヤリと笑った。
◆
そして40日が過ぎ……。
ルードヴィヒは、再び魔女の塔の研究室に呼ばれた。
開口一番、ルードヴィヒは言う。
「もう種はやらんからのぅ」
そういった矢先、ルードヴィヒは、部屋の中に自分と同じ年頃の少年が立っているのに気づいた。少年はルードヴィヒにそっくりな銀髪をしている。顔も兄弟であるかのように、よく似ていた。
(ん? まさか、おらの双子の兄弟がいたとか、そういう落ちけぇ?)
「誰だ、おめぇ?」
「お初にお目にかかります。Herr mein Vater」(我が父上様)
「はあっ? 頭おかしいんでねぇけぇ。おらに、そんな大きな子供がいるわきゃなかろぅ!」
そこで、マリア・テレーゼが口を挟んだ。
「んにゃ。こん子は遺伝的にぁ、おめぇの子で間違ぇねぇ」
ルードヴィヒは、40日前のことを思い出した。
「まさか……ホムンクルスけぇ?」
「一発で言い当てるたぁ、さっすがおれの孫だのぅ。どうでぇ?こんな完璧なホムンクルスは前代未聞ながぁぜ」
マリアとマリア・テレーゼ母子は、そろって嬉し気な顔をしている。
「そりだども、すっけなこと、どうやって?」
「おめぇの種はDNA螺旋の一方しか持ってねぇすけ、魔術的な操作を加えて、2つの種から二重螺旋を作ったがぁよ」
「すっけな、バカな……くそ婆ども、正気の沙汰でねぇ……」
「バカこけ。完璧なホムンクルスを作るにぁ、こん方法しかねぇがんに」
「すっけん人の道に外れたことして、何とも思わんがぁけぇ! 神の怒りを買っても、おらは知らんすけのぅ」
「はっはっはっ……ガキんくせして、おめぇが神を語るけぇ」
母子二人ともまったく堪えた様子がないばかりか、微笑すら浮かべている。それがルードヴィヒは、途轍もなく不気味に思えた。さながらマッドサイエンティストである。
(だめだ、こらぁ……)
「こいつは、こっからどうするがぁ?」
「おめぇ、自分の子だっちぅに"こいつ"呼ばわりたぁ冷てぇのぅ」
「すっけなこと言って、名前は付けたんけぇ?」
マリアが口を開いた。
「そういえば、まだだったねえ。さすがに、外向けにはルーの子とは言えないし、遠い親戚ということにして、あたしの実家の姓のアーメントを名乗ってもらおうかねえ」
「姓はそうすっとして、肝心の名前は、なじょするがぁ?」
「ルードヴィヒの子供だから、縮めて"ルディ"でいいんじゃないかい」
「すっけん適当なぁ……」
そこで、当の本人が口を開いた。
「いえ。Herr mein Vater(我が父上様)のお名前の一部をいただけるとは、光栄の極みに存じます」
「はーっ。おめぇがそういうなら、そうすっかのぅ……」
◆
ルディは、貴族扱いともいかず、ヴァレール城の使用人として働くことになった。
ルディは、実質的な両親であるルードヴィヒの記憶と経験を完璧に受け継いでいたし、遺伝的にもルードヴィヒの能力を受け継いでいたため、能力も極めて優秀であった。
魔法も闇を除く5属性が使える。逆にいうと、光と闇が一人の人間に同居するというのは、ルードヴィヒに限った特異例で、原因は遺伝的なものではないようだ。この機会に、ルードヴィヒは思うのだ。
(光と闇が同居するのはおらだけだとすっと、根源はお父っつぁにあるっちぅことけぇ……おらの背中にぁあれもあるし、光と闇を包摂できる存在……となると、おらのお父っつぁは……?)
ルディは、使用人としての経験を積み、現在では他の使用人の5倍以上の仕事量を平気でこなすし、その内容も完璧の一言で、まさに使用人の鏡のように成長していた。
当主のグンターが、彼をヴァレール城で埋もれさせておくのは惜しいと考え、ユリアの護衛兼お目付け役として、アウクトブルグのローゼンクランツ新宅へ送り出したのが先日のことである。
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