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第73話 Sleeping beauty(2)

 リーゼロッテが応接室に戻ると、シャペロンと護衛騎士が待機していた。

 シャペロンと目が合ったが、さきほどのキスのことが頭を(よぎ)り、少しばかり目が泳いでしまった。


 迎えの馬車が来ているということなので、今日のところは素直に辞することにする。


 ルードヴィヒから夕食に誘われたが、やんわりと断った。

 リーゼロッテにしてみてば、今日はいろいろなことがあり過ぎて、これ以上のことがあったら、いい歳をして知恵熱でも出しかねない気がしたからだ。


 屋敷からの去り際、入り口まで見送ってくれたルードヴィヒの姿を見たら、ほんのひと時の別れであるにもかかわらず、寂しさで目頭が熱くなった。こんなことで泣いていては、まるで子供ではないかと思い、涙が流れるのを必死で耐えた。

 馬車に乗り込んで一息ついたとき、涙が一筋だけ流れてしまった。(あわ)てて(ぬぐ)ったが、シャペロンには気づかれたかもしれない。


 疲れたせいか、馬車の中では、再び眠気が襲ってきて、頭がこくり、こくりと船をこぎはじめてしまった。


 (ようや)くツェルター邸の自室にたどり着いて、リーゼロッテは、たまらず自分のベッドにダイブすると(ひと)ちた。


「ああーっ。疲れたぁ……」


 今日は、肉体的にも精神的にも疲れ果てた。たった半日のうちに、いろいろなことがあり過ぎて、10年分くらいの人生経験を一気に駆け抜けたような気がすると言っても過言ではないと思った。しかし、後を引くような嫌な疲れじゃない。


「まあまあお嬢様(ヘル フロイライン)。着替えもせずにはしたないですよ」

 ……とお付きの侍女(ゾフェ デア ダーメ)に苦情を言われたので、素直に応じる。


 やがて、侍女(ゾフェ デア ダーメ)は退出し、一人となった。


 灯りを消し、ベッドに入り眠ろうとするが、今日のことが悲喜こもごも思い出され、目が冴えてしまう。


(一番強烈なのは、足裏をなぶられた、もとい、ツボを押されたことかなあ……)


 家人が寝静まった頃、灯りの消えた真っ暗なリーゼロッテの部屋の中で、必死に押し殺しながらも漏れ出てしまう(なま)めかしい少女の声が静かに響いていた。

 今度こそ、この日最後の彼女の初体験だった。


     ◆


 数日後。

 リーゼロッテ付のシャペロンからの報告書が、父であるツェルター伯マルクのもとへ届けられた。


 彼は、報告書を読み進めるうちに、眉をひそめた。


(このような際どい行為を、なぜ止めなかったのだ! シャペロンは何のためにいると心得ている!)


 だが、読み終わった報告書を無造作に側近に手渡した後、マルクは、ふと冷静になって考えた。


 自分が溺愛(できあい)し過ぎるあまり、彼女の成長を阻害(そがい)するような結果を生んでいなかったか? たかが庶民街に出かけること一つをとってもそうだ。

 あの際どい行為も、無垢(むく)な彼女にとって刺激が強かったかもしれないが、その実、いい経験になったのではないか?


("(かご)の中の鳥は鑑賞される道具でしかない"とは……誰の言葉だったか……)


 それに……。

 化け物じみていると不気味に思っていたローゼンクランツ翁の孫は、まだ子供っぽさの完全に抜け切れていない、優しくて素朴な少年の一面を持っていた。

 この事実を知り、マルクは安堵(あんど)の感覚を覚えた。


(とはいえ、その未熟な少年が常人離れした強さを備えているということは、いささかリスキーではあるがな……)


 だが、将来的に二人が結ばれるかどうかは不確定にせよ、娘と娘が好意を向けた相手を、ひとまずは信じてみようと思った。


 そうマルクが決意を固めたとき、渡された報告書を読み終わった側近が、マルクに感想を述べた。


「それにしても、たかだか子爵家の三男坊が、伯爵家の息女に対し、なぜこのような際どいことを? 常識を知らないにも(ほど)があります」


 マルクの答えは簡潔だった。


「坊やだからさ……」


(だが、それは本人にとって、そしてリーゼロッテにとっても、決して悪いことじゃない……)

お読みいただきありがとうございます。


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