第72話 新宅の庭(1)
ローゼンクランツ新宅の庭には、一本のトネリコの大樹が生えていた。
その大樹は、100メートルに届こうかという大きさで、まるで付近の高木を従えたボスのようにも見える。
北エウロパに伝わる神話によると、世界を体現する巨大な木である世界樹はトネリコの木とも言われており、この大樹は、見ようによっては世界樹のミニチュアのようにも見える。
これは、偶然の一致なのであろうか……。
なんとか庭までたどり着いたので、その場の空気をなんとかはぐらかそうと、ことさら大袈裟にルードヴィヒは口を開いた。
「ほれ。ここがさっきも話した庭んがぁよ。なかなかんもんだろぅ」
「わあっ……あの木は凄いですね。こんなに大きな木は初めて見ました」
リーゼロッテは、素直に感動したようだ。
何といっても庭で一番に目に付くのは、一本の巨大なトネリコの木だった。優に100メートルはあり、他の高木を圧倒している。その高木とて、長年放置された結果として、かなりの高さに成長しているにもかかわらず、そんなことになっている。
「そうだのぅ。たぶんアウクトブルグの町じゃあ一番でっこい木だろぅて」
「でも、こんな木が、なぜここに?」
「この大きさからして、この屋敷が建つ前から生えとったんだろうのぅ。この屋敷を建てた人は、切り倒さずに残して、それを活かして設計したみてぇだのぅ。んだすけ、この屋敷の庭に面した部屋からは、どの部屋からもこの木が見えるようになっとるがんに」
「あの木の種類は何なのですか?」
「トネリコの木んがぁよ」
「……というと、あの世界樹の?」
「よく知っとるのぅ。確かに世界樹はトネリコの木と言われとるがんに」
「それはともかく、奥の方まで行ってみるけぇ」
「それは、ぜひ」
そこへ、背の低いお婆さんがやってきた。土精霊ノーミドのフェルセンである。
ちなみに、男性の土精霊はノームという。人数割合からいうと、土精霊はノームの方が多いのだが、ルードヴィヒが契約したのは、なぜか女性のノーミドだった。
他の精霊たちも、水精霊はほぼ女性のウンディーネであるから当然としても、火精霊も女性だし、風精霊も男性のシルフではなく、女性のシルフィードだった。そういう意味では、精霊も異性に惹かれるということがあるのかもしれない。
「これはこれはお嬢様。手入れの行き届いていない庭ですが、どうぞゆるりと見ていってください」
「この方は?」
「庭師長のフェルセン婆ちゃんだっちゃ。といっても、庭師は今1人しかいねぇがのぅ」
「ええっ! お1人でこの庭のお手入れをするなんて、たいへんなんじゃあ?」
「もちろんそうだども、雇った庭師は、婆ちゃんが気にいらんくて、皆首にしちまったがぁてぇ」
「主さまは私の我がままみたいに言うが、庭師は、土の具合や木の気持ちをしっかり理解できる者じゃないと務まらないからねえ。剪定の腕だけ良くてもダメなんだよ」
「でも、お婆さんひとりではたいへんですよね」
「そりゃそうさ。庭師は、力仕事も多いからね」
「私、お父様にいい庭師がいないか聞いてみましょうか?」
「おお。それは助かるね。ぜひ頼めるかい」
「それは、構いませんが……」
「まぁた、婆ちゃん。おらを差し置いてロッテ様に頼むたぁ迷惑でねぇけぇ」
「いえ。そんなことはありませんよ」
「そうけぇ。そんだば、悪ぃども頼めるけぇ」
「もちろんです。喜んで!」
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