第71話 メイドたち(2)
リーゼロッテは、気を取り直してスコーンをいただくことにした。
一口食べてみて、リーゼロッテはニンマリした。
言われたとおり、甘さ控えめだ。貴族というものは、贅を凝らして、とかく甘さを強調したスイーツを好みがちであるが、この控えめな甘さもまた、ルードヴィヒの性格を表しているように思えた。
続いて、ブルーベリーとブラックベリーのジャムも付けていただいてみる。
ブラックベリーというものを食べるのは初めてだったが、なかなかにワイルドな味がして新鮮な感覚だった。
「このブラックベリーというのは、初めていただきましたけど、なかなか美味しいものですね」
「ああ。そらぁ、ここん家の庭にわさわさ生えてるがぁてぇ。適度に収穫しねぇと増え過ぎるすけ、気に入ったんなら少し持って帰るけぇ」
「えっ! お庭に生えているんですか?」
「おぅ。ここん家の庭は、ずっと手付かずで放置されてたすけ、いろんな植物が自生しとるがぁぜ」
「へえ。それは面白そうですね」
「そんだば、食い終わったら見に行くけぇ」
「はいっ。ぜひ見てみたいです」
そして、リーゼロッテは、出されたスコーンを完食したのだが、その食べ方はあくまでも上品だった。
ルードヴィヒは、申し訳なさそうに言った。
「悪ぃのぅ。何かもっとお洒落なスイーツを出せればよかったんだども、ここん家にはパティシエがまだいねぇすけ」
「そうなのですね。では、今日のスコーンはどなたに作っていただいたのでしょうか?」
「ああ。そらぁ、ヘッド・キッチン・メイドが作ってくれたがぁてぇ」
「では、ぜひお礼を言いたいのですが、呼んでいただけますか?」
「おぅ。わかったっちゃ」
その流れを察して、マルグレットがデリアを呼びに下がっていった。
デリアは、貧民時代にダリウスに手料理を喜んでもらった思い出が忘れられず、堅気の職業につけるなら、ぜひ飲食関係の仕事をしたいという夢を持っていた。ちょうどよかったので、この屋敷で、ヘッド・キッチン・メイドをやり始めていたところだ。シェフやパティシエは、まだいないので、現在は彼女が実質的な調理関係の責任者となっている。
暫くして、デリアが姿を現わすとリーゼロッテは、またもや目を見張った
自分より少し年上だがまだ10代と見える彼女は、美しいのみならず、歳に不釣り合いな怪しい色気を放っている。
(こ、この私には及びもつかない色気は……いったいどういうことなの?)
リーゼロッテは、またもやルードヴィヒの方を振り返ってしまう。
だが、ルードヴィヒは不用意な発言をしてしまう。
「いやぁ……デリアさんは、人妻だすけ……」
(えっ! 「人妻」ですって!)
リーゼロッテの心は"幼馴染み"に引き続き、"人妻"という言葉に敏感に反応した。
なぜなら、恋愛小説では、人妻を巡る略奪愛というテーマも定番だったからだ。
(ルード様に色目なんか使うんじゃないわよ! ド淫乱の雌豚がぁ!)
(ふん。余裕ぶっても無駄よ。私のお腹にはルード様の子がいるのよ!)
(なんですって! 私というものがありながら、こんなアバズレ女を孕ませるなんて! ルード様! 私の人生を返してっ!)
ドロドロの修羅場の場面が、リーゼロッテの脳裏を掠める……
この世界では、成人コンテンツの規制などないので、恋愛小説と官能小説の住み分けなどはできていない。このため、恋愛小説を通じてちょっと大人な知識も仕入れているリーゼロッテであった。
また、このお年頃なので、小説はあくまでもフィクションの世界であるという割り切りも十分にはできていない。
ルードヴィヒは、デリアを相手に失恋もどきの体験をしていたが、両者は互いへの好意を中途半端なまま残しており、ダリウスも含めた三角関係というものが、実は完全には清算されていない事実があるなど、リーゼロッテには想像もつかないことだった。
ルードヴィヒは、デリアの視線が、鋭さを増したことを察し、言い訳をする。
「ロッテ様が何考ぇてるか知らんども、おらは人妻の使用人に手を出したりはしねぇよ」
「私は、まだ何も言っておりませんが……」
リーゼロッテは、自分のことを棚に上げ、不謹慎なことを考えていたと思われたことに、気分を害したといった顔をしている。
「悪ぃ悪ぃ。こらぁ、おらの考え過ぎだったのぅ」
「わかればよいのです」
そして気分を改めてデリアの方に向き直ると言った。
「いただいたスコーンもジャムもとっても美味しかったです。優しい味がしました。きっとあなたの心が籠っているのですね」
「とんでもございません。私、料理を本格的に始めたのは、このお屋敷に来てからなので……素人料理などを出してしまい、申し訳ございませんでした」
「そんなことはありません。きっとあなたには才能がおありになるのですよ。これからも精進してくださいね」
「そんな……過分なお言葉を頂戴し、身に余る光栄に存じます」
と言うと、デリアはおおいに恐縮している。
とりあえず、その場は収まったと感じたルードヴィヒは、口を開いた。
「そんだば、庭に行ってみるけぇ」
「はいっ」
そして庭へと向かう道中……
(まただわ……)
リーゼロッテは、応接室に案内される道中も含め、この屋敷に務めるメイドの姿を何人か見かけていた。
彼女らは、皆が皆、女も見惚れるような芸術的な美しさを備えており、人形のような作り物なのではないかという錯覚さえ覚えるほどだった。
(もしかして……ルード様って、もの凄い面食いなのでは……?)
リーゼロッテは、選びに選び抜いて厳選した容姿の者のみをメイドとして雇っているのではないかと勘繰った。
「ルード様。ここの屋敷のメイドさんたちは皆が美しい方たちばかりですね」
「ん? そうかぃのぅ」
「こんなこと普通じゃありません。よほど選び抜いた方を雇ったのでは?」
「んにゃ。おらぁただ知り合いを雇っただけで、選んでなんてねぇよ」
「本当ですかぁ……」と言いながら、リーゼロッテは、ルードヴィヒをまじまじと見つめる。
そんなに見つめられると、嘘をついていなくても、決まりが悪い気分になってしまうが、そこは無表情を装う。
が、それが却って疑惑を招いているような気もして、とりとめがない。
だが……
「まあ……Es kommt wie Es kommt……」(なるようになるさ……)
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