第71話 メイドたち(1)
ルードヴィヒとリーゼロッテらは、ルディの先導で応接室に到着した。
「こちらが応接室になります」
リーゼロッテは、部屋を見渡すと感動の声を漏らした。
「わあ……ここの調度品も白木のナチュラル・ブラウンで統一されているのですね」
「まあのぅ。おらの趣味だすけ」
ルディがすかさず着席を勧める。
「それではお嬢様。こちらのソファにお座りください」
「ありがとう」
ソファに座るとリーゼロッテは、再び感想を口にする。
「このソファーカバーはリネン(亜麻布)ですね。天然の亜麻色がナチュラル・ブラウンとよく調和していますね。触り心地がサラサラしていて気持ちがいいです」
「そらぁ、よかったのぅ」
ルードヴィヒは、リーゼロッテの向かい側の席に腰を下ろした。
リネンは布としては上等なものではない。質素倹約を旨としていたヴァレール城では慣れ親しんでいたが、上位貴族のリーゼロッテからは、吝嗇だと思われるのではないかと、ルードヴィヒは、少しばかり懸念していた。しかし、それは杞憂だったようだ。
ルディは、リーゼロッテの意向を問うた。
「お嬢様。茶葉はいかがいたしましょうか?」
「そうねえ……普通のストレートティーがいいわ」
「では、ダージリンでよろしいでしょうか?」
「構わないわ」
「かしこまりました。少々お待ちください。お嬢様」
ルディは紅茶を入れる準備に向かって行った。
その姿を見て、ルードヴィヒは自慢をする。
「ルディは、紅茶を入れる名人ながぁよ」
「まあ、それは楽しみですわ」
ルディは、給仕用の車輪付きのワゴンを押してくると、程なくして、準備を終えた。
ティーポットから、紅茶をカップに注ぐと、良い香りが部屋に広がる。リーゼロッテは、期待で目を輝かせている。
ルディは、これを流れるように完璧な所作でリーゼロッテに給仕した。
「では、お嬢様。どうぞお召し上がりください」
「ありがとう。いただくわ」
リーゼロッテは、紅茶を一口飲むと、満足そうに微笑んだ。
「色も素晴らしいし、とってもいい香り。渋みも丁度いいわ。ルディさんは、本当に紅茶を入れる名人ね」
「恐れ入ります。お嬢様」
ルディは、リーゼロッテの賛辞を受けて喜ぶでもなく、さも当然といった感じで、すました顔をしている。
過度に感情を表に出すのも使用人としてどうかとは思うが、ルディなりのプライドがあるのかもしれない。
そこへ、マルグレットがお茶請けのスコーンを運んで来た。
リーゼロッテは、その妖精のように美しい姿を見て、目を見張った。
(あれは妖精さん……ではなくて、あの長い耳はエルフさんかぁ。しかし、あの美しさはとても私では太刀打ちできないわぁ)
マルグレットは、優雅さの溢れる所作で、スコーンを給仕した。
リーゼロッテは、感心して見入るばかりである。
「お嬢様。スコーンをお持ちしました。甘さ控えめにしておりますので、お好みによりジャムを添えてお召し上がりください。ブルーベリーとブラックベリーの2種類がございます」
(わあ。声まで美しいわぁ。"鈴を転がすような"とは、まさにこのことを言うのね。それにしても、この優雅さはいったい何なのかしら。まるで、どこかの王族か何かのようだわ……)
リーゼロッテは、マルグレットに興味を持った。
よく見ると、首にチョーカーをしている。チョーカーは皆が皆付けるようなものではないので、少し違和感を感じた。
「ありがとう。ところで、あなたはエルフさんですよね。どちらから来られたのですか?」
「出身はノルエン王国でございます」
「なるほど。帝国ではエルフさんはあまり見かけないのですが、どういった経緯で帝国に?」
「詳細を述べると長くなりますが、私は、ご主人様に購入していただきました。今は、身も心もご主人様の所有物です」
そう言い放ったマルグレットの表情は何かしら誇らしげに見える。
リーゼロッテは、マルグレットの歯に衣着せぬ露骨な言い方にタジタジとなった。
一方、ルードヴィヒは、いきなり奴隷であったことをカミングアウトされ、非常に気まずいといった渋い表情をしている。
(はいっ? ルード様が購入したという噂のエルフの性奴隷って、この人だったの!それにしても、Eigentümer(所有者)って……なんて露骨な言い方なの……これはぜひとも確認しておかなければ……)
「あのう……今はメイドの仕事をされているのですよね?」
「左様でございますが、何か?」
「えっと……ですね……そのぅ……」
言い難そうにしているリーゼロッテの姿を見て、マルグレットは察したらしい。
「ご主人様にはお嬢様がお考えのようなご奉仕は、まだして差し上げておりません」
(なんですって! "まだ"とは何よ! "まだ"とは……それに、幼馴染みのメイドといい、私ってさっきからエッチな女扱いばかりされてない?)
リーゼロッテは、思わずルードヴィヒの方にきつい視線を向けてしまった。
「いやぁ……マルグレットさんは、もう奴隷でも何でもねぇすけ。その証拠に隷従の首輪をしてねえろぅ」
「それは、そのようですが……」
そこで、リーゼロッテは、少し考え直した。
(そういえば、ルード様って、まだ娼館通いをしているって話だし……であれば、本当にそういうことはしていないのかも……"まだ"というのは、気になるところだけれど……)
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