第70話 私室(2)
「とっても優しい感じがして、気持ちいいですわ。これに比べると、ピカピカの塗装はガラスのような冷たさがあるように感じてしまいます」
「おぅ。そうだのぅ。ロッテ様も、いい趣味してるでねぇけぇ」
「いえ。それほどでも……」
先ほどの言葉はお世辞で言ったつもりはない。これを褒められて悪い気はしない。
(ルード様と私って趣味が合うのかな……そうだといいな……)
リーゼロッテは、更に部屋を探索し始める。
続いて、何か道具のような物を発見した。
「これは?」
「ああ。そらぁ、武器を手入れする小道具だのぅ」
「この糸みたいなものも、そうなんですか?」
「そらぁ、剣のグリップの部分を巻き直す糸だすけ……」
「へえー。そんなこともご自分でおやりになるのですね」
「そらぁ、武器は自分の命を守る大事んもんだすけ、人任せにぁできねぇ」
(確かに……でも、全部使用人任せにしている私って……)
リーゼロッテは、武人の心構えの厳しさの一端を見た思いがした。
そして、少し毛色の違うものを発見した。
家族の肖像画で、非常に美しい婦人と3人の子供たちが描かれている。
「あれっ。この絵はどなたが描かれているのですか?」
「そらぁ、おらのおっ、叔母ちゃんと従弟妹だすけ」
(あぶねぇ。危うく"おっ母さ"って言っちまうとこだった……)
「ええっ! この方がローゼンクランツ夫人……とっても綺麗な人。女でも見惚れてしまいますわ」
「だろぅ。おらもそう思うがんに……」
(うーん……普通なら嫌味に思うところだけれど……これは反論できないわぁ……)
「いつか、ぜひお会いしてみたいですわ」
「そんだば、今度一緒に行ってみっか?」
(えぇぇぇぇっ! お母様じゃなくて、叔母様に紹介って……どういうことですかぁ?……でも……家・族・公・認……みたいな?……(〃´ x ` 〃)ポッ)
しかし、肝心のルードヴィヒには、何の気負いも感じられない。
(いや……私って、恋人じゃなくて、ただの友達と思われているのかなあ?でも、今日のは明らかにデートだと思ったんだけど……まあいいや……ルード様じゃないけど、Es kommt wie Es kommt(なるようになるさ……))
「そ、それは、機会がありましたら、ぜひ……」
(でも、叔母様家族の肖像画があって、両親や兄姉の肖像画がないなんて……もしかして、仲が悪いのかな? でも、あまり立ち入ったことを聞くのも失礼よね……)
だんだん調子に乗ってきてリーゼロッテが部屋の中を歩いていると……。
ムニュ
何か柔らかいものをふんずけてしまった。
それをふと見たリーゼロッテは、驚きのあまり悲鳴を上げた。
「Σ(゜∀゜ノ)ノキャーッ!」
今の今まで全く気付かなかったが、よく見ると、そこには大型の灰色狼が横たわっていた。
それは目を閉じ寝ているように見えるが、寝息のようなものは聞こえない。
「ルード様。これは……?」
「おぅ。あれけぇ。あらぁフェルディっちぅて、おらの従魔みてえなもんだすけ」
("みたいな"って何?。とにかく、従魔だろうと何だろうと怖いものは怖いのよ!)
「こんなものが部屋にいて、怖くないんですか?」
「あいつぁ、いっつも寝っとる寝坊助だすけ、あちこたねぇがぁてぇ」
すると、大型の狼は、チラリと目を開けた。リーゼロッテと視線が合う。
途端に、リーゼロッテの背筋に悪寒が走り、鳥肌が立った。
「い、今、一瞬目が合っちゃったんですけど……」
「ああ。そりだども、また寝っとるっちぅことは、部屋に出入りしてもいい人物だと認めたがぁろぅ」
(ええっ! 私、こんな獣にまで値踏みされちゃってるの?)
「そうですか……それは安心しました……」
トン、トン
そこで、扉をノックする音が聞こえた。
「おぅ。入れや」
扉を開けて、銀髪の少年が入って来る。
ルードヴィヒとは違った意味で、隙のない動作だ。さしずめ使用人の鏡といったところか。
「お嬢様。我がご主人様。たいへんお待たせしました。お茶の用意ができましたので、応接室までご案内いたします」
「えっと……この方は?」
「ああ。おらの侍従だども」
「ルード様ととても似ていらっしゃるのですが、どういったご関係で?」
「まあ……遠い親戚みてぇなもんかのぅ」
(はいっ? 意味がわからないんですけど……"みたいな"って……親戚なの、違うの?……でも、使用人ということは、貴族じゃないということで……う~ん……なんだか突っ込んで聞いたらダメな気がする……)
「そ、そうですか……では、せっかくですから、お茶をいただこうかしら」
「どうぞ、こちらへ……」
ルードヴィヒとリーゼロッテらは、ルディの先導で、応接室へと向かった。
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