第70話 私室(1)
私室というものは、部屋の造りや置かれている調度品であれ、本棚にある書籍の品揃えであれ、持ち主の性格というものを反映している。
これを他人に見せるということは、ある意味プライバシーが裸になるということであり、家族など以外に対しては、躊躇してしまうものである。
逆に、見せてもらう側からすると、普段は本人が隠している側面を発見する絶好の機会でもある。
そこで、リーゼロッテは、心の中に整理をつけ、ホッと一息ついた。
落ち着いてみると、マッサージの効果なのか、血流が良くなって足がほかほかするし、神経もスーッと落ち着いた感じがする・
(本当に効果があったみたい……遊ばれていた訳ではないようね……)
気分が落ち着いてきたリーゼロッテは、部屋の様子を見渡してみた。
(そうよ。私、ルード様のお部屋が見てみたかったんじゃない……)
それに気づいたルードヴィヒが声をかけた。
「面白ぇもんなど、何もねぇろぅ」
「う~ん……そうですねえ……」
部屋の造りは簡素で華美な装飾は一切ないし、調度品も同じ感じだ。
見ると、壁一面が書棚になっており、びっしりと本が詰まっている。
収められている本を、いちおう見るだけ見てみると……
・Testament of Solomon(ソロモンの遺訓)
・Papyri Graecae Magicae(ギリシャの魔法のパピルス)
・The Eighth Book of Moses(モーセ第八の書)
・Ars Notoria(書記の術)
・The Book of the offices of the spirits(精霊の職務の書)
・Almandal
・Picatrix
・Sefer Raziel HaMalakh(天使ラジエルの書)
(ダメだ。単なる怪しい本にしか見えない……)
「そこいら辺は、魔術書の類だのぅ」
「はあ……そうなのですね……」
(こっちは、ちょっと違うのかな……)
……と思い、視線を別の棚に移すと……。
・Tabula smaragdina
・Morienus
・De vegetabilibus(植物について)
・De animalibus(動物について)
・Opus Majus(大著作)
・Summa Theologiae(神学大全)
「そこいら辺は、錬金術や哲学関係だのぅ」
「そ、そうなんですか……」
まだ、たくさん本があるがとても付いていけそうもないし、ルードヴィヒの方も、積極的に本の中身を説明してくれるような気配もない。
(さすがに恋愛小説のようなものは置いていないようね……)
「ルード様は、小説などはお読みにならないのですか?」
「そうだのぅ……読むとすれば、『プルタルコス英雄伝』とか、アーサー王なんかの『ブルターニュもの』ぐれぇかのぅ」
((*´pq`)クスッ。男の子って、そういうのが好きなものなのね……)
ルードヴィヒの方はというと、何かを気取られるのではないかと心配していた。
部屋に並べてある本は、内容が高度なものもあるが、書店でも入手できる類の書籍だ。
だが、書籍の品揃えは、持ち主の主義主張を反映しているものでもあり、他人がこれを読み取ることも可能ではある。ルードヴィヒは、リーゼロッテに対して、まだそれを積極的に許すほど心を開いてはいなかった。
というこで、ルードヴィヒは、本棚を見られることは、自分のプライベートの奥底を晒している感じがして、気持ちのいいものではなかった。
ルードヴィヒの高度な知識の源泉であるマリアとマリア・テレーゼ母子は、そもそも知識を体系的に記した書籍は残していない。都度の走り書き程度のメモが大量に書き散らされてあったものを、その弟子というかハウスボーイ的なポジションの青年が体系的に整理していてくれたので、ルードヴィヒは、これを手掛かりに自分なりのメモ的なものを整理していた。
普段は、専らこれを参照しているのだが、これは言わば企業秘密であるため、さすがに部屋に置くことはせず、ルードヴィヒのストレージの中に厳重に保管してある。
リーゼロッテは、そのネガティブな心情を察してくれたようで、興味を他に移してくれた。
そこでリーゼロッテは、ある違和感に気付いた。
机などの調度品が、造りは丁寧なものの、塗装はなく、ほぼ白木のように見える。
貴族は、豪華に見せるため、調度品などはピカピカと艶のある塗装をするのが常識だが……。
「ルード様。この調度品は塗装はしていないのですか?」
「いや。おらぁあんましけばけばしたんが嫌ぇだすけ、自然素材で作った浸透性のオイルフィニッシュを塗っているがぁよ。頻繁に塗り直さんばなんねぇすけ、ちっとばかし面倒だがのぅ」
「まあ。そうなのですね」
(貴族にしては、変わった趣味なのね……)
「そりだども、この方がずっと手触りがええがぁだすけ、触ってみらっしゃい」
「そうですか。では、失礼して……」
リーゼロッテは、机の表面を触ってみる。
暖かで柔らかい木の温もりが感じられる。それに、控えめに自己主張する木目模様がナチュラルな美しさを主張していて、これはこれで雅な感じがする。
(まるで、ルード様の人柄そのものだわ……)
リーゼロッテは、妙に納得してしまった。
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