第65話 庶民街での食事(2)
リーゼロッテは、料理が来る間に、猫耳族の女性二人を観察してみる。
女の勘は鋭い。
ウエイトレスの猫耳族の少女がルードヴィヒに好意をもっていることは、彼女の態度から明らかに見て取れた。
それに、先ほどから厨房からの嫉妬めいた視線もチラチチラと感じる。
とはいえ、ルードヴィヒとの関係は、第一印象では、どうやら近しいとまでは言えないようだ。彼が"さん"付けで読んでいたのが、何よりの証拠だ。
(ルード様ほどの方ですもの……いろいろな女性に好意を寄せられて当然よね……それにしても、庶民を"さん"付けで呼ぶなんて……ルード様らしいわ)
好意を寄せる女性の存在に思いは複雑ながらも、リーゼロッテは、ルードヴィヒを見直した。
「猫耳族の方が経営していらっしゃるのですね。三毛猫柄というのも可愛いですね」
リーゼロッテとしては、普通に言ったつもりだが、無意識のうちに若干皮肉が混じってしまったかもしれない。
「おぅ。そうだろぅ。二人はこの辺りじゃぁ人気者だすけ」
……と言いながらも、ルードヴィヒは安心した。皮肉とは微塵も思わなかったようだ。
貴族というものは、とかくプライドが高く、身分が下の使用人などを、そもそも人間扱いしないことも多い。まして、猫耳族などの亜人種となればなおさらだ。
リーゼロッテの人柄から、そのようなことはないと思ってはいたものの、気分を害した様子もなさそうだ。
「お待ちどうさま。牛テールスープのセットです」
ヘルミーネが、料理を運んで来た。
リーゼロッテは、「ありがとう」と言って優雅に微笑むと料理を興味深げに見入っている。
シャペロンは、またもや難しい顔をしている。
おそらく(牛テールなんてゲテモノを出すなんて……)と思っているのだろう。
「牛テールといいますと、牛の尻尾ですか?」
「おぅ。固ってえ部位だすけ、貴族んしょは普通食べねえと思うども、ここん店んがぁはしっかり煮込んであるすけ、美味ぇがぁぜ」
「それは楽しみですわ。早速いただきますね」
リーゼロッテが牛テールにナイフを入れると、それはホロリと崩れた。
「まあ、柔らかいのですね。それにこれは……少しテリーヌに似ていますね」
「牛テールはゼラチン質が多いすけのぅ。味がしみ込んだゼラチンがまた美味ぇがぁぜ」
「それは楽しみですわ」
リーゼロッテは、牛テールを口に運んだ。
その表情から、明らかに気に入った様子が見て取れる。
「とっても美味しいですわ。牛テールといっても、きちんと料理すれば、こんなご馳走になるのですね」
「よくわかっとるでねぇか、ロッテ様。こんなごっつぉは、そうそうねぇがんに」
シャペロンも恐る恐る食べてみるが、まんざらでもないと顔をしている。
リーゼロッテの食べ方は、あくまでも上品だ。
ルードヴィヒは、この店ではいつもガッツいて食べているので、ペースを合わせるのに少々苦労した。
リーゼロッテは、食べ終わると、その様子を少し不安げに見ていたヘルミーネに向かって言った。
「とっても美味しかったですわ。ついては、ぜひシェフにお礼が言いたいのですけれども……」
「シェフ?……ですか?」
意味がわからないといった顔をしているヘルミーネに、ルードヴィヒが助け舟を出す。
「何してるがぁだ。早くヤスミーネさんを呼んでこらっしゃい」
「は、はいっ!」
ヤスミーネは、直ぐに厨房から出てきたが、自信なさげにしている。
「牛テールがこんなに美味しいなんて、初めての経験をさせていただきました。ありがとうございます」
「い、いえ……こちらこそ、お粗末様でございました」
「そんなことありませんわ。あなたはよほどいい腕をお持ちなのですね」
「い、いえ……これは、あたしの腕というか、ルードヴィヒさんから貰った魔法の鍋のおかげで……」
「魔法の鍋……ですか?」
不思議そうな顔をして、リーゼロッテは、ルードヴィヒの方に顔を向けた。
「いやぁ。そんなもんでねくて、ただの圧力鍋だがんに……」
「あつ……りょく……?」
「そんな難しく考えんでも、ただ普通よりも高ぇ温度で煮炊きができるだけのしろもんでぇ」
「しかし、そんな魔法のような道具が売っているものなのですか?」
「そらぁ、婆さの発明品だすけ、そこいらの店にぁ売っとらんのぅ。そりだども、必要なら、おらがいつでも都合つけるすけ、言ってくれや」
「ありがとうございます。では、我が家のシェフに聞いてみますわ」
「おぅ。そうせぇばええ」
そしてルードヴィヒとリーゼロッテ、お付きのシャペロンは、三毛猫亭を後にした。
三毛猫亭は、上級貴族の伯爵家の娘が利用した店として、さぞかし箔がつくことになるだろう。
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