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第65話 庶民街での食事(1)

 リーゼロッテは、庶民街の食堂に興味があるなどと言ってしまった手前、平静を装っていた。


 が、実は彼女は、末の娘として父マルクから溺愛されて育ったため、筋金入りの深窓の令嬢だった。


 生まれ育ったテーリヒの町でも、庶民街へなどへ出かけることはなかったし、そもそも外出するときはいつも馬車で、複数の護衛騎士やお付きのメイドが付いているという過保護ぶりだった。


 まして、アウクトブルグの大都会の庶民街へ出かけるなど、彼女にしてみてば、とてもスリリングな体験なのであった。

 リーゼロッテは、ちゃっかりと外出先に随行するシャペロンまで用意していた。すなわち、あの行動は、計画的だったということだ。

 シャペロンは、30代後半くらいと見える上品な感じの女性で、服装や立ち居振る舞いも優雅な感じがする。


(さっすが上級貴族様は、使用人からして違うのぅ……)


 ルードヴィヒは、素直に感心した。


 シャペロンに庶民街へ行くことを告げると、一瞬嫌な顔をしたが、結局は、リーゼロッテのあまりに(うれし)し気な様子に飲まれたようだ。


 馬車で庶民街へと向かうと、見慣れない上級貴族の豪華な馬車が来たということで、騒然となった。


(そりゃあ、こうなるよのぅ……)


 行先は、三毛猫亭である。

 店先に馬車を乗り付けると、興味本位の野次馬たちが集まってきた。


 ルードヴィヒは、馬車を降りるとリーゼロッテに手を差し伸べて、馬車からの降車をエスコートする。


 その姿をみた野次馬たちが、口々にひそひそ話をしている。


「おい。ありゃあ三毛猫亭の常連の色男じゃねえか?」

「ああ。間違いない。どこかの商家のボンボンか何かと思っていたが、お貴族様だったのか?」


「確かに、あの方言は別として、外見だけ見れば気品があるからなあ……」


「それにしても、あのお嬢さんの方の優雅さは(すご)いな。さすがお貴族様は違うよなあ」


 ルードヴィヒは、血の兄弟団をやり込めた色男として、庶民街では顔が知れ渡っていた。が、庶民向けの三毛猫亭の常連として普通に出入りしていただけに、貴族とは思われていなかったようだ。

 期せずして、貴族ということがバレてしまったことになる。


 リーゼロッテは、野次馬たちの好奇の視線に(さら)されているが、いっこうに気にする様子はない。このようなことには慣れているのだろう。


 しかし、いざ来てみたら、馬車を停めておく場所がないことに気づいた。さすがに、店の前の往来に停めっぱなしという訳にはいかない。


「ロッテ様。どうするがぁ? ちっと遠いども、おらん()まで歩いても大丈夫けぇ?」

「そうですねえ……庶民街を歩いてみるのも面白いかもしれません」


 シャペロンは、また難しい顔をしていたが、結局、馬車はいったんツェルター伯邸へ戻り、しかるべき時刻にローゼンクランツ新宅に迎えにくることになった。


 念のため、ローゼンクランツ新宅への歩きの道のりについては、護衛騎士を一名つけることになった。

 護衛騎士の顔には、見覚えがあった。アウクトブルグへの道中を一緒に旅したうちの一人だった。


「おんや? おめぇさんは、あんときの……」

「あのときは、お世話になりました。ローゼンクランツ卿」


「おめぇさんなら、心強いのぅ」

「恐れ入ります」


 ルードヴィヒは、リーゼロッテとシャペロンを連れて、三毛猫亭に入る。護衛騎士も誘ったが、固辞されたので、無理強(むりじ)いはしなかった。


「いらっしゃいませー」


 いつものごとくヘルミーネが元気な声で言った。

 だが、ルードヴィヒの連れの女性たちに気付くと戸惑いの声をあげる。


「あのう……ルードヴィヒさん。その方たちは?」

「おぅ。おらの知り合いのお貴族様だども、庶民街の食堂に興味があるっちぅことだすけ、連れて来たんでぇ」


「そうなんですか……」とヘルミーネは不安の色を隠せていない。


 不安を(あお)らないよう、ルードヴィヒは、ことさら平静を装って言った。


「別に特別なことをする必要はねぇすけ。いつもんやつを3つ頼めるけぇ」

「はあ……かしこまりました……」


「ヘルミーネさん……違うだろ。なに上品ぶってんでぇ」


 ヘルミーネは、それを指摘され、ハッと気を取り直すと元気に言った。


「はいっ! 毎度、ありがとうございます!」


 彼女は厨房カウンターに向かうと「お姉ちゃん。セット3つ」と元気な声でオーダーを伝えた。これまた元気な声で「はいよ」と返事が返ってくる。いつもの光景だ。

シャペロン:主人とともに外出先に随行し、服装や素行に問題がないかをチェックするお目付け的な女性の上級使用人。通常は、年配の女性が多い。


お読みいただきありがとうございます。


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