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第64話 初恋の人(2)

 ユリアがルードヴィヒ担当のチェンバー・メイド(カンマーメトヒェン)として働き始めてから、それまで感じていた微妙な物足りなさは、すっかり解消され、むしろスッキリし過ぎて気持ちが悪いくらいだった。


 そんなとき、ルードヴィヒは思わずにはいられない。


(身分のこたぁ置いといて、仮にユリアと結婚することんなったら、さぞかし快適な結婚生活が送れるに(ちげ)ぇねぇ……)


 よく新婚の夫婦が、朝食はパンかご飯かといった些細(ささい)なことで喧嘩(けんか)になったりするが、ルードヴィヒとユリアに限っては、そのようなことは起こり得ない。


 なぜなら、長年にわたりユリアに世話されてきたルードヴィヒは、既にユリアに飼い慣らされてしまっていると言えるからだ。

 家政について妻がリーダーシップを握るのは、夫婦の一般的な在り方だが、ルードヴィヒとユリアが夫婦となった場合は、家庭生活はユリアの天下になろうことは確定事項であり、その逆は万が一にも起こりそうにない。


 だが、ルードヴィヒが現在の15歳のユリアを女として意識しようとすると、決まって10歳のときに強烈に意識したユリア像やらがフラッシュバックしてきて邪魔をする。

 結果、その恥ずかしさから、ルードヴィヒは現在の等身大のユリアの存在というものを、真正面から見つめることができないでいた。


(こらぁ、ユリッペのことばっかし責められねぇのぅ……)


 その意味では、ルードヴィヒの中のユリア像も10歳のまま成長が止まっているのかもしれなかった。


     ◆


 今日、学園は学校行事の準備があるということで、午前中で授業を終わり、早上がりだった。


 帰りの準備をしているとき、リーゼロッテに声をかけられた。


「ルード様。今日は、早上がりですね」


(はあっ? すっけんわかりきったこと……何が言いてぇんかのぅ?)


 が、その直後、クラスメイトたちの視線が二人に集まっていることに気づいた。


(は~ん。そういうことけぇ……おらも鈍いのぅ)


 リーゼロッテは、今日は(ひま)だということをアピールしているのだ。そのことにいち早く着ついたクラスメイトたちが、それにどう対応するのか、ルードヴィヒの挙動に注目している。

 中でもさりげないふりを装って、こちらをチラ見している大公女コンスタンツェの視線が一番痛かったりする。


(ここぁ無碍(むげ)にぁできねぇとこだんが……そういやぁ完成した新宅をまだ見てもらってねぇかったのぅ……)


「そういやぁ、ロッテ様にいただいた邸宅の修繕(しゅうぜん)が完成したとこをまだ見てもらってねぇかったのぅ。今日、暇なら見に来てくれねぇけぇ?」

「もちろんです。喜んで」


(いきなり自宅に招くなんて……大胆な……)


 それに、その申し出を躊躇(ちゅうちょ)なく受けるリーゼロッテもリーゼロッテだ。


 成り行きを見守っていたクラスメイトたちは、少々(あき)れていた。

 コンスタンツェも、その一人だ。


(まさか既成事実を作ろうとか、そういうことでは……)


 男には、そういう強烈な欲望があり、ルードヴィヒも例外ではないということを知ってしまったコンスタンツェは、思わずふしだらな想像をしてしまった。


(いや。欲望に負けて、そういうことにならないために娼館に通って発散しているんじゃない。ローゼンクランツ卿に限っては、そういう間違いがあるはずはないわ)


 コンスタンツェは、なんとか自分にそう言い聞かせ、ふしだらなことを考えてしまった自分に恥じ入った。


 一方で、リーゼロッテの気持ちは()(はか)れなかった。


(そういうリスクを承知のうえで、誘いを受けたとでもいうの?)


 コンスタンツェは、彼女がルードヴィヒもまた強い欲望の持ち主である事実を思い知ったことを承知している。


 確かに、男女の仲を進展させるためには、時としてそういう冒険をする必要性も漠然(ばくぜん)とは感じるが、今の彼女には、その覚悟はまだない。


 そんなコンスタンツェの戸惑いをよそに、ルードヴィヒはのんびりとした口調で言った。


「その(めえ)に、昼飯(ひるまんま)にせんばなんねぇのぅ」


「ルード様は、どうされるおつもりでしたの?」

「実ぁ、家ん(もん)(なん)も言わんできたすけ、行きつけの庶民街の食堂にでも行こうかと思っとったがぁども……」


「まあ、庶民街の食堂ですか。私、庶民街には行ったことがないので、それは興味があります。ぜひ行ってみたいですわ」

「いやぁ、そりだども、ロッテ様の口に合うかどうか……」


「ルード様の行きつけのお店なら、きっと大丈夫です」

「そうかぃのぅ……そんだば、もし口に合わんかったら、ロッテ様の行きつけの店に行くっちぅことで、どうでぇ?」

「それで構いませんわ」


 リーゼロッテは、自分のアピールに応えてもらえたのが、よほど(うれ)しかったと見え、満面の笑みを浮かべている。


 そして、ルードヴィヒの左腕に(すが)りつくと、「さあ、まいりましょう」と溌溂(はつらつ)とした声で言った。


 しばらく前までルードヴィヒと距離を置いていたリーゼロッテの打って変わった大胆な行動に、クラスメイトは意表を突かれた。


 その雰囲気を察したリーゼロッテは、((≧▽≦)ゞテヘッ。節度あるお付き合いをと思っていたのに……嬉し過ぎてつい大胆になっちゃった……)と少し後悔したが、もはや遅い。ここでルードヴィヒの手を振り払ったりしたら、ただの挙動不審者である。


 ルードヴィヒの方もリーゼロッテの行動を意外と思ったが、向こうから来たのならば問題ないと判断した。

 ……といいつつ、実はちょっと嬉しかったりする。


 二人は、クラスメイトの注目を意識しながらも、さも当たり前であるかのように、堂々と腕を組みながら教室を出ていく。


 コンスタンツェは、隣の席からリーゼロッテがルードヴィヒをかっさらっていく様をねたましく思いながら眺めていたが、その際に一瞬リーゼロッテと目が合ったような気がした。


(リーゼロッテは、私がローゼンクランツ卿へ向けている好意に気付いている……)


 その視線は、まるで彼女の意地を主張しているかのうように感じられた。コンスタンツェは、これをリーゼロッテからの宣戦布告と受け取った。

 これにより、コンスタンツェがリーゼロッテに申し訳ないと思っていた気持ちは、一瞬のうちに吹き飛んでいた。

お読みいただきありがとうございます。


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