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第64話 初恋の人(1)

「初恋の人はどんな人でしたか?」


 ありがちな質問ではあるが、答えに迷う人も多いのではないか?


 例えば「男女七歳にして席を同じゅうせず」と中国の五経の一つである礼記(らいき)にはある。

 すると、小学校の低学年くらいのとき、初めて異性というものを意識し、ちょっと恥ずかしい思いをしたあの人がそうなのか?


 それとも、小学校高学年を過ぎて、男女の性差をより明確に意識するきっかけとなったあの人か?

 あるいは、同時期に素敵だと思い、(あこが)れた高校生くらいのお兄さん/お姉さんなのか?


 中学生になって、今となっては"つき合う"というのもおこがましい幼稚な交際をしたあの人はどうなのか?


 ルードヴィヒは娼館にも通い、肉体的な経験を済ませているとはいえ、精神的には15歳という多感な年頃であり、折に触れて女性というものを意識してしまうが、それはおそらく成熟した大人の恋とは呼べないしろものだと思われる。


 これは、リーゼロッテやコンスタンツェたちも同様なのではないだろうか?


 だが、一人ユリアだけは、その心境が計り知れない思いがするルードヴィヒであった。

 ルードヴィヒの母親代わりは、祖母のマリア・テレーゼではあるが、風呂に入れたりといった細かな日常生活については、ユリアの母であるクリスティンがユリアとまとめて面倒をみていた。


 ルードヴィヒは、乳児の頃は彼女の乳を飲んで育ったし、クリスティンはもう一人の母親代わりとして、ある意味マリア・テレーゼよりも関係は濃かった。

 幼児のころはユリアと一緒になってクリスティンに甘えることも度々だった。


 そんな流れもあって、ルードヴィヒとユリアは10歳くらいまでは一緒に風呂に入っていた。


 ルードヴィヒが初めて女というものを意識したのは7歳くらいのとき、ユリアの言葉が切っ掛けだった。


 風呂に入っているとき、ユリアはクリスティンに素朴な疑問をぶつけた。


「おっ()さ。おらには、なじょうして××××がねぇの?」

「そらぁ、女にぁねぇもんだすけ」


「えーっ! あったほうがカッコええでねぇけぇ。ルーちゃんばっかし、ズリぃよぅ」


 それを聞いたルードヴィヒは、思わず自分にぶら下がっているものをまじまじと見てしまった。

 それはクリスティンにもついていないし、改めて言われると、何だか奇妙な形をした異物のような気がして、ルードヴィヒは不思議な違和感を覚えた。


 が、その出来事はちょっとした恥ずかしい思い出にはなったものの、大きな障害とはならず、相変わらず二人が風呂に一緒に入る日々が続く。クリスティンに体を洗ったりしてもらうので、ルードヴィヒの方が女風呂に入る形だ。


 1、2年して、自分で体が洗えるようになると、二人で入るようになったが、それまでの習慣で女風呂に入ることになっていた。さすがに、女として意識し始めていたユリアに男風呂へ入れとは言えなかった。


 ルードヴィヒとて、成長するにつれ、自分が大人の女性たちの好奇の目に(さら)されている気がして恥ずかしく感じていたが、ユリアに同じ思いをさせるくらいなら自分が犠牲(ぎせい)になろうと思っていた。


 ちなみに、ヴァレール城の浴場は男女別となっていたが、シオンの町にある公衆浴場は混浴だった。

 田舎の性風俗というものは、おおらかというか、ルーズであり、子供のルードヴィヒが女風呂に入ったとしても、実は他の大人の女たちは全く奇異なものと感じてはいないのだった。


 今でこそアウクトブルグのような都会の公衆浴場は男女別になっているが、つい100年ほど前までは帝国中のどの町でも混浴が普通であった。


 ルードヴィヒとユリアが一緒に風呂に入るのも、10歳くらいが限界だった。気がついたら、別々に入るようになっていた。


 今思えば、10歳ころのユリアの胸は既に(ふく)らみかけており、ハラリエルなどより、よほど立派な胸をしていた。見ているこちらの方が恥ずかしくなったことを、ルードヴィヒは覚えている。


 逆に、ルードヴィヒの陰部に申し訳程度の陰毛が生えて来て、「ちょび(ひげ)だぁ」とユリアに揶揄(からか)われて恥ずかしい思いをしたのも、ほろ苦い思い出だ。


 別々に入るようになった切っ掛けは鮮明ではないが、ルードヴィヒが夢精の意味についてルークスに教えてもらったことだったか、あるいは後に漏れ聞いたところによると、同じくらいの時期にユリアが初潮を迎えたということだったので、それなのかもしれなかった。


 いずれにしても、二人の体は未成熟とはいえ、その気になれば子をなす能力を得た訳で、少なくともルードヴィヒの方は、そのことを強烈に意識せずにはいられなかった。


 だが、二人の関係が変わったのは、それだけだった。


 ルードヴィヒがユリアを女として強く意識し始めたことを知ってか知らずか、ユリアのルードヴィヒに対する態度はあっけらかんとしており、まるで姉弟のように接する様子は成長しても変化はなかった。それは現在でも、ほぼ変わっていない。


 ルードヴィヒは、いつも思うのだ。


(ユリッペの中のおらは、10歳で成長が止まっているんでねぇろか……?)


 あるいは、彼女の中に何らかの意図があって、あえて10歳で止めているのだろうか……?


 それはともかく、ルードヴィヒが初めて女を意識したのはユリアであり、男女の性差を感じて、より強烈に女を意識したのもユリアだ。


 この意味で、「あなたの初恋の人はユリアでしょう?」と聞かれたら、ルードヴィヒとしては、否定のしようがないのであった。


 もっとも、このことは恥ずかし過ぎて、口が裂けても本人には言えないことではあるが……。


 挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございます。


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