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第63話 世話焼き(2)

 これまで理詰めで人間関係を処理してきたはずのコンスタンツェは、思った以上に自分が感情に流されやすい人間であることに気づかされ、意外な思いがした。


(もしかして……これは彼に会ったことが原因なのかしら……?)


 ルードヴィヒに会った時の胸の高鳴りが原因で、自分の性格の一部までもが変わったとすると、なんとなく全ての辻褄(つじつま)が合うような気もする……。


 さらに、攻略方針が定まらないにもかかわらず、先日、衝動的にルードヴィヒのアホ毛を直すという行動に出てしまった。


 以来、歯止めが()かなくなり、シャツの(えり)がよれていたり、ズボンからシャツの(すそ)がはみ出ていたりすると、直さずにはいられなくなってしまった。

 これはまた、感情的、衝動的な行動であるが、コンスタンツェは、一方で不思議な満足感も覚えていた。当然、コンスタンツェの中には見返りを期待する打算など微塵(みじん)もない。


 ルードヴィヒのそれは、ズボラというほどではなく、男子としては普通の感じだったが、一見してパーフェクトに見えるルードヴィヒに、そのような(すき)があることを見出(みいだ)したことは意外ではあった。

 このことは(かえ)ってコンスタンツェのルードヴィヒへの好感度を上げる結果となった。パーフェクトな男などつまらないし、ある意味気持ちが悪い。少し隙があるくらいで丁度いい。

 コンスタンツェは、そう思った。


     挿絵(By みてみん)


 ところが……。

 少し前からルードヴィヒに隙が見いだせなくなっていた。


 コンスタンツェは、ピンときた。

 おそらく彼は、優秀な侍従(カンマーヘル)を雇ったのだ。


 密かな楽しみを奪われたコンスタンツェは、少しばかりガッカリしていた。


(確かに侍従(カンマーヘル)を雇うよう彼には言ったけれど……こんなことになるなんて……)


 我ながら、自分の行動が首尾一貫していないことに、もどかしさを覚える……。


 そんな時……。

 武術の授業を終えて、普段着に着替えて戻ってきたルードヴィヒを一目見て、コンスタンツェの目はキラリと光った。


「あなた! シャツのボタンが段違いになっているわよ! 直ぐに直しなさい!」


「おんや? 言われてみれば、そうだのぅ……」

 ……と素直にそう言うと、ルードヴィヒは、その場でシャツのボタンを(はず)し始めた。


「キャッ」


 コンスタンツェは、思わず悲鳴をあげた。

「直ぐに」とは言ったものの、まさかこの場でとは思わなかったからだ。


 コンスタンツェは、ルードヴィヒの下着姿を見ないよう、咄嗟(とっさ)に手で両目を(おお)った。


淑女(しゅくじょ)の前ではしたない。少しは(つつし)みを持ちなさい!」

「おらっ? まあ、すぐ終わるすけ、勘弁してくれや」


 が、コンスタンツェは、育ちの良さから、男性のそのような薄着姿を見たことがない。まして、それが思いを寄せる男性となると……。

 欲望に負けて、コンスタンツェは、指の間からこっそりと(のぞ)き見てしまう。


 シャツの下は裸ではなく、もちろんアンダーウェアを身に付けていたが、それでもルードヴィヒの上半身の(たくま)しい大胸筋のラインが見事に判別できる。


\(◎o◎)/!


 これを目にしたコンスタンツェの瞳孔(どうこう)は、見事に広がっていた。

 顔の火照(ほて)りも、胸の鼓動の高鳴りも、(いま)だかつて経験したことのないレベルに達している。顔から火の出る思いとは、まさにこのことだと実感した。


(ダメだ! これ以上は耐えられない……)


 そう思ったコンスタンツェは、今度こそ本当に両手で目を覆った。


「大公女様。(わり)ぃかったのぅ。もう終わったすけ」


 そう言われて、そっと目を開けたコンスタンツェは、ホッとため息をついた。


 気がつくと、教室に広がる熱気の残滓(ざんし)のようなものが感じられる。どうやら、コンスタンツェのみならず、他のルードヴィヒ派の女子たちも同じ思いをしたに違いない。


 ふと見るとリーゼロッテも頬を赤らめて茫然(ぼうぜん)としている。さしもの彼女も、ルードヴィヒの下着姿までは見たことがなかったようだ。


 女子たちのひそひそ話が聞こえる。ルードヴィヒの話題に違いないと、コンスタンツェは、思わず耳をすませた。


「ねえねえ。見た? あの大胸筋」

「えへへ。私も、こっそり見ちゃった……」


「何か、古代彫刻みたいなカッコさだったよね」

「そうそう。あそこまでいくともはや芸術品じゃない?」


「それにしても腹筋がよく見えなかったのは、()やまれるわ」

「えっ! 腹筋がどうかしたの?」


「男子の(うわさ)によると、ローゼンクランツ卿はシックスパックらしいよ」

「えーっ! シックスパックって、本当に存在したの?」


「本当みたいよ。着替えているところを実際に見たっていう男子の話だから……」

「そうなんだあ……」


("シックスパック"って何?)


 育ちのいいコンスタンツェは、これを知らなかった。

 ヴァールブルク令嬢に、声を(ひそ)めて聞いてみる。


「"シックスパック"って何なの?」

「腹筋が6つに割れていることです」


「それって、そんなに(すご)いことなの?」

「もともとの素質のある者が鍛えに鍛えて初めて実現できるものと言われています。男子の(あこが)れの(まと)ですよ」


「なるほど……」


 コンスタンツェは、想像してみる……。


(あの大胸筋に、6つに割れた腹筋……)


 自分で想像しておきながら、再び顔の火照りを感じ、(あわ)ててやめた。


(まさに、芸術品とは言い得て妙ね……実際に見てみたいものだわ……)


 一度火のついた女の情念は、凄まじい。

 気がつけば、コンスタンツェは、頭の中で、その方法をあれこれ模索し始めている。


 一方で、ルードヴィヒの攻略方針を定めることなど、忘却の彼方へ消え去っていた。

お読みいただきありがとうございます。


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