第6話 グラリエ聖堂(2)
おまけに、ヴィートゥスは火の魔術の才能も持っていた。
2属性を使えるデュプルは魔術師のうち数百人に一人しかいないという、これもまた寡少な存在だった。
このように超エリートといってよい存在のヴィートゥスは、天使の血を引いているせいで、ハンサムであり、周囲の女性は熱い視線を彼に向けた。聖職者は結婚してはならないという障害は、かえって女性たちの情熱に火をつける始末である。なぜなら聖職者でありながら妻帯する破戒僧も、実際には少なくなかったからだ。
そんな彼は、若くして破竹の勢いで昇進を遂げ、23歳という若さで、アウクトブルグの大聖堂における副助祭という上位の位階の末席に名を連ねていた。人々は彼がアウクトブルグ大聖堂の司教になる日も遠くないと噂しあった。
25歳となったとき、ヴィートゥスに突然の転機がやってきた。
彼が熱心に祈りを捧げていたとき、神の声が聞こえたのだ。実際には音声が届いたわけではないので、頭に閃いたというべきか。
彼は、これを幻聴などではなく、神の啓示と信じた。
その啓示は、ただ一言、「シオンの町へ行け」というものだった。
普通であれば、そんなど田舎の町へ行けなどという啓示はおかしいと疑うに違いない。だが、敬虔な彼は疑うことを知らなかった。
彼は早速司祭のもとへ赴くと、シオンの町にあるグラリエ聖堂という小さな聖堂への転勤を申し出た。
「君。正気かね」
「もちろん正気です」
「私としては、考え直すことを勧めるが……」
「私の決意が揺らぐことは、決してございません」
「はぁ……君がそこまで言うのならば許そう」
司教は至極残念そうに、そう言った。
グラリエ聖堂の現司教は、この話を聞いて小躍りして喜んだ。
現司教は、ど田舎での生活に嫌気がさしており、爆発寸前の心境だったからだ。
「まったく……世の中には好き者がいるものだな。おかげで助かった」
◆
ヴィートゥスがシオンのグラリエ聖堂の司教として赴任してから数か月が経過した。
その間、彼は啓示の意味をずっと考え続けてきたが、答えは出なかった。
そんな時、7歳となったルードヴィヒという少年が他の子供たちとともに、手習いに来ることになった。
この世界では、子供は7歳になるまでは天使であると信じられており、手習いや仕事の見習いなどは7歳になってからというのが常識だった。
ルードヴィヒは、ヴァレール城に住む剣聖のローゼンクランツ翁の孫であり、幻の大賢者と言われるマリア・テレーゼの孫でもある。
(どんな子供か楽しみだ……)
ルードヴィヒが手習いに来てみると、彼は舌を巻いた。
彼は学習態度も極めて真面目であり、かつ頭脳明晰で、知識を得ていく早さは海綿が水を吸うがごとしであった。
しかもその理解力・応用力が半端ない。"一を聞いて十を知る"とはまさにこのことだろうとヴィートゥスは感心した。
そしてヴィートゥスは、次第に確信していった。
(ルードヴィヒは、将来、帝国を背負うような大人物になるに違いない。私の使命は、その基礎を築き上げることだ)
ヴィートゥスは、その持てる学問や聖典に関する知識のみならず、行儀作法に至るまで自分の持てる全てを伝授すると心に決めた。
特に方言は気になったので、帝国標準語は徹底的に叩き込むことにした。
一方で、ルードヴィヒの方は多少の混乱を生じていた。
祖母のマリア・テレーゼ母子から習った事柄とヴィートゥスから習った事柄に大きな隔たりがあったからだ。
これにはマリア・テレーゼからの警告の言葉がヒントとなった。
「ええか。おらたちが教えたことはキリシタ教の教義と違っていることだらけだ。もしこれを外で口にしたら容易じゃねぇことになるすけ、気ぃつけらっしゃい」
そして、マリア・テレーゼが言う「容易じゃねぇこと」とは、異端認定のことだと悟った。異端認定を受けた者は、口にするのも憚られるほどの迫害を受け、哀れな末路を迎えることになる。
(要は、エルレンマイアー先生の教えることが世の中の常識だから、ちゃんと使い分けられるようにならんば……)
それから8年の歳月が経ち、ルードヴィヒは15歳となり、学校に通うため、アウクトブルグへと旅立つことになった。
「エルレンマイアー先生。いろいろとお世話になったのぅ。ありがとうごぜぇやんす」
旅立つ前に挨拶に来たルードヴィヒを、ヴィートゥスは爽やかな気分で送り出した。
なぜなら、彼は再び神の声を聞いていたからだ。
神の声は、こう言っていた。
「アウクトブルグの町へ行け」と……。
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