第63話 世話焼き(1)
世の中、世話焼きな人というのは意外に多い。
中でも、世話焼きな人は、女性に多いし、それは母性から来る行動や弱さをフォローするために媚をうる行動なのかもしれない。
露骨に見返りを求めて世話焼きをする者もいるが、そうでない女性も多い。彼女らは世話をすること自体に本能的な喜びを見出しているのかもしれない。
その度が過ぎるあまり、次々とダメ男に引っかかる女性もいたりする。
そんな女性に限って、いい女だったりするので、始末に負えない。
実際、いい女が次々とダメ男に引っかかって不幸のスパイラルに嵌っていく構図というのは、見ていて気持ちのいいものではないし、世の中の不条理さを感じずにはいられない。
父マルクから諭されたリーゼロッテは、ルードヴィヒとの関係修復を決意した。
心の奥底では男性の多情な性を男の身勝手と思いつつも、男尊女卑の考えが厳しいこの社会にたった一人で立ち向かっていくことなど現実味のないことだ。
それに、一度距離を置いたことで、かえって彼に寄せていた想いの大きさを実感させられていた。
(このまま距離を置き続けたら、せっかく築き上げたルード様との関係が、時とともに崩れていってしまう……)
決断した彼女は、じれったさを募らせた。
だが、急いては事を仕損じる。
リーゼロッテは、焦る気持ちを押さえながら、一歩一歩堅実に事を進めていくように、自分に言い聞かせた。
まずは、朝の挨拶からだ。
改めて考えてみると、これすらやっていなかったのかと愕然としたが、一時期はルードヴィヒに近づくことすら怖かったのだ。
ルードヴィヒが朝の教室に現れたところで、勇気を出して彼に近づく……。
「おはようございます……ルード様」
なんだか自信なさそうな言い方になってしまった。
それに、馴染んでいたはずの愛称呼びも、なんだかしっくりとこない感じがする。
「おぅ。おはようございます。ロッテ様。今日は、ちったぁ顔色が良さそうだのぅ」
ドキドキしながらルードヴィヒの返答を待ったリーゼロッテだったが、思ったよりも好感触でほっとした。
(私って……そんな酷い顔をしていたのかしら……)
ルードヴィヒは、鈍かったわけでも、無視していたわけでもなく、自分のことを心配してくれていた。
リーゼロッテは、そのことを心から嬉しく思った。
一方で、自分が距離を置いたことをルードヴィヒが問い詰めるようなことがなくて良かったと思った。そんなことがあったら、自分の心はもっと深く傷ついていたかもしれない。
おそらく彼は、自分の異変に気付きつつも、寛容な心で見守ってくれていたのだ。
(何もしない、無作為の優しさというのもあるものなのね……)
たぶん、おおらかな性格の彼だから自然にできたことだ。
リーゼロッテは、ルードヴィヒの良さを見直す思いがした。
そして……。
二人の距離は徐々に縮んでいき、現在はほぼ元に戻りつつあった。
しかし、それは以前の関係の再現とは少し違う。
手をつなぐこと一つをとっても、今思えば、自分が子供っぽい無邪気さを残していたからこそ、できていたようなところがあった。
だが、その無邪気さは失われた。
リーゼロッテが一方的にルードヴィヒや男性というものに嫌悪感を抱いた結果ではあるが、それを乗り越えつつある今、大人っぽい節度ある対応ができつつあるのではないかという感触は感じられる。
ルードヴィヒの様子を見ると、どうやらその感情は彼にも伝わっているようにも見える。
彼は、距離感が戻ったからといって、むやみに手を握ってくるようなことは一切なかった。
(もしかして……私だけではなく、ルード様にも何かあったのかしら……)
一方で、ルードヴィヒがデリアを相手に失恋もどきの体験をしていたなど、リーゼロッテには想像もつかないことだった。
この経験を通じ、ルードヴィヒはルードヴィヒで、女性との恋愛というものに対して、より慎重な姿勢をとるようになっていたのだ。
◆
大公女コンスタンツェは、今もなおルードヴィヒの攻略方針を定め兼ねていた。
それには、今彼女が痛感している自己嫌悪の感情が大きく影響していた。
詭謀をもって貶めたはずのリーゼロッテもまた、男性に対する嫌悪感を克服し、ついにはルードヴィヒとの関係を修復したかに見える。
その姿を見て、コンスタンツェは深く後悔した。
(悪意を向けられることが人一倍怖い私が、よりにもよって他人に悪意を向けるなんて……)
我ながら、自分というものがわからなくなった。
(情に絆された……というのは、こういうことをいうのかしら……)
そして、コンスタンツェは、リーゼロッテに対する申し訳なさを強く感じた。
せっかく関係を修復した二人に横槍を入れるようなことを、今更できるのか?
しかし、ルードヴィヒの攻略は父の大公フリードリヒⅡ世に厳命されたことであり、これには逆らえない。
(……なんて、いつも私は言い訳ばかり……)
そう思いながら、コンスタンツェは、ルードヴィヒを一目見たときの胸の高鳴りを反芻していた。
翻ってみれば、怖がりな性格の自分は、それまで男性に対する恋愛感情というものを抱いたことがなかった。
あの感情が恋だとすれば、これは初恋だ。
それに、あの感情は本能的に体の奥底から湧き上がってきたもので、意識して押さえられるようなものではなかった。
そして、あの胸の高鳴りは、今でもルードヴィヒを目にする、ふとした機会に度々訪れている。
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