第62話 陰陽の法則(1)
大宇宙は、光と陰、陰と陽の二極の法則で支配されており、これは人の中にある小宇宙も例外ではない。
喜びや悲しみ、勝ち負け、成功失敗、優勢劣勢、左右、前後、高低、明暗……etc 物事は表裏一体であり、良いも悪いもない。
人間について言えば、呼吸も"吸う"と" 吐く"がセットであり、命は"誕生"と" 死" がセット、そして男性がいて女性がいる。
人が幸福に暮らし、世界が平穏であるためには、光と陰、陰と陽のバランスをとることが肝要であり、バランスのとれた状態のことを"中庸"という。
魔術の6大属性のうちの光と闇もまた、この法則の例外ではなく、そのバランスが崩れたとき、端倪すべからざる事態が生じるおそれがあった。
カタリーナとデリアが娼婦を卒業したことで、ルードヴィヒは黒猫亭から足が遠ざかっていた。
が、人間の生理現象というものは止めることができない。
否が応でも欲望の高まりを感じざるを得なかった。
(そういやぁ、クラウディアがおったか……今度、行ってみっかのぅ……)
そう思い至ったルードヴィヒだったが、今はもう深夜である。
今から出かけても黒猫亭の営業時間には間に合わない。
だが、こんなふうに欲望が高まってきたとき、それを察して決まって彼女が来てくれて処理してくれる。
このため。ルードヴィヒは自分で処理するということを、ほとんどしたことがなかった。
もはや、家人は寝静まる頃合いの時間である。
ルードヴィヒは、ベッドに寝転んで軽く目をつぶり、リラックスしていた。
そこで、部屋の扉が静かに開けられる気配がした。
「おぅ。ルークス。いっつも悪ぃのぅ」
ルードヴィヒは、入ってきた人物を確認もせず、感謝を述べた。
いつもであれば、こんな時間に部屋を訪れるのは彼女以外にいなかったからだ。
入ってきた人物の気配が、いつまでも動かないことを不思議に思ったルードヴィヒは、声をかける。
「ん? なじょしたがぁ? こっちに来ねぇんけぇ?」
ルードヴィヒがその人物に視線を向けると、思いもよらない人物が立ちすくんでいた。
顔はルークスと瓜二つだが、髪の色も瞳の色も漆黒である。
「おめぇはダルク……なじょしてここに?」
「我は……ルークスの……代わりに来た……」
「ルークスの代わり? おめぇがか?」
「肯定……」
「ルークスとは話したんけぇ?」
「ルークスは……交代について……同意している……」
「そんだども、なんで今更?」
「ヌシサマンチウムの補充量が……著しく均衡を失し……ルークスに傾いている……このままでは……大宇宙が……崩壊の危機に向いかねない……光と闇は……均衡を保つべき……」
「すっけな小難しいこと言って、大袈裟なぁ。要はハグしてもらいてぇがぁろぅ……素直にそう言やぁええがんに」
「否定……わ、我は、我は……ヌシサマンチウムの凝結体が下賜されることを……強く希望する……」
いつもは表情に乏しいダルクが、真っ赤になって恥じ入っている。
「凝結体? 何でぇ? そらぁ?」
「ヌシサマンチウムが凝結してできた……ゾル状の物質……と我は学習した……」
さすがにルードヴィヒも薄々わかってきた。
「ゾル状の物質っちうと、どんなんでぇ?」
「白濁した……粘液状の外見をしていると……ルークスから聞いている……」
(やっぱしけぇ……そらぁその表現で間違っちぁいねぇだろうが……かえって露骨だのぅ……)
「だども、なじょしておめぇら、すっけなもんを欲しがるがぁ?」
「正確には……ゾル状の物質を望むのではなく……そこに濃縮されたヌシサマンチウムを望んでいる……」
「はあっ? 意味がわからねぇ。どう違うがぁ」
「ヌシサマンチウムは……物質ではなく……主様から放出される神気そのもの……これがゾル状物質に濃縮されている……」
「神気? おらぁ神様でも何でもねぇよ」
「それは……主様自身の小宇宙に問うべき問題……我が答えるべきではない……」
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