第61話 台風来襲?(1)
ヴァレール城に務めるベテランメイドであるクリスティン・シュナイダーの娘であるユリア・シュナイダーは、ルードヴィヒとは乳姉弟であり、幼馴染みとして育った。
7歳になると見習いメイドとなったが、気心が知れているだろうということで、ルードヴィヒの担当となった。
ユリアは、たった一月先に生まれただけなのに、それ以前から姉貴面をして、ルードヴィヒの世話をあれこれ焼いていた。
彼女は、明るく、社交的で、物怖じしない性格で、当主のグンターですら、彼女にしてみれば"ご当主様"でも、"旦那様"でもなく、"グンター爺ちゃん"だった。
そんな彼女は、何とも言えない大物臭を漂わせており、同年代の女子たちからも一目置かれる存在である。
「ユリっペ。ええがぁてぇ! 着替ぇぐれぇ自分でやするけ!」
「何言ってるがぁ! ルーちゃんが自分でやっとだらしなくなるすけ、おとなしくおらの言うこときかっしゃい!」
……と、万事がこの調子であったので、ルードヴィヒはユリアに頭が上がらない。
ルードヴィヒは、女性に対しては高圧的に接することはない(できない?)し、ごく親しい者を除けば、基本的に"さん"付けで呼ぶが、その原因の一端はユリアにあるのかもしれなかった。
大公女コンスタンツェは、依然としてルードヴィヒの攻略方針を定めかねていた。
が、それはそれとして、コンスタンツェには、今朝からどうにも気になってしょうがないことがあった。
ルードヴィヒの頭頂部から一束の毛が勢いよく跳ねて飛び出している。いわゆるアホ毛である。おそらく寝ぐせがそのまま放置されているのだろう。
普段から1つ歳下の弟カールの世話を焼いているコンスタンツェは、お節介だと思いつつも、直してやりたい衝動にかられていた。
授業中もアホ毛に目が行ってしまい、集中できない。
そして昼休みになると……。
コンスタンツェは、我慢がならず、ルードヴィヒに声をかけた。
「ちょっと、あなた!」
呼びかけられ振り向いたルードヴィヒは、コンスタンツェの鬼気迫る表情を目にして、タジタジとなった。
「いってぇ何でぇ? 大公女様……」
コンスタンツェは、それまでの鬱憤を晴らすように、捲し立てる。
「頭のてっぺんからアホ毛が出ているわよ。いくら男の子だっていっても、朝起きたら髪の毛をとかすくらいしなさいよ!
まったく……あなたの侍従は何をやっているの?」
「いやあ……おらぁ、まだ屋敷を構えてから間もねぇすけ、そういうがんはまだいねぇくて……」
コンスタンツェは、眉をひそめると言った。
「もう……しっかりしなさいよ。とにかく、私が直してあげるから頭をこちらに寄こしなさい!」
「いんやぁ。まさか大公女様にすっけんことさせる訳にぁ……」
「そんなこと、いいから! これは命令です!」
「はあ~ わかったっちゃ……」
ルードヴィヒは、仕方なく頭をコンスタンツェの方へと向ける。
コンスタンツェが右手をヴァールブルク令嬢の方へ黙って差し出すと、彼女は素早く櫛を手渡した。見事な連携である。
コンスタンツェは、櫛を使ってアホ毛をとかすが、なかなかしつこく反発してくる。
だが、彼女は慌てず、スキンローションで手を濡らすと、これを擦り合わせて温めた。これでアホ毛を押さえる。要は蒸しタオルの代用である。そして1分ほどして、指で撫でつけると、アホ毛は見事に直っていた。
「……これで直ったわ。あなたも貴族なんだから、身だしなみはちゃんと気をつけなさいよ」
「ありがとうのぅ。大公女様。こらぁ悪ぃかったのぅ。そんだども、自分の櫛をおらなんかに使って、よかったんけぇ? そういうんが嫌ぇん衆もいるみてぇだども……」
「そんなこと、いちいち気にする私ではないわ」
「そんだば、ええが……」
(ぜんぜん似てねえが、世話焼きんとこは、ユリっぺみてぇだのぅ……)
ルードヴィヒは、コンスタンツェの認識を少し新たにした。
◆
新居に引っ越し、これが馴染んでくるにつれ、ルードヴィヒは、痒い所に手が届かないような、微妙な物足りなさを覚えていた。
(いってぇ何だろうかのぅ……)
そのことを考えていたとき、背中に意味不明の悪寒が走った。
その直ぐ後、ハラリエルが部屋に飛び込んできた。
「ルードヴィヒ様ぁ。たいへんですぅ」
「何でぇ? 藪から棒に……」
「台風が来るんですぅ!」
「何言ってんでぇ、こいつぁ。外は雲一つねぇいい天気でねぇけぇ」
「そうじゃなくって、未来の話ですよぅ」
「はあっ? おめぇ、何言ってるがぁだ?」
ルードヴィヒの呆れ顔に、ハラリエルはすっ惚けた顔で答える。
「あれっ? 言ってませんでしたっけ……私、少しだけ先の未来が見えるんですぅ」
だが、そんなことではルードヴィヒの疑いは晴れない。
「おめぇ、本気で言ってるんけぇ?」
「仮にも私は天使ですよぅ。それぐらいはできますよぅ」
「まあええ。そらぁ、時がくりゃあわかるこった……んで、台風が何だっちうんでぇ?」
「ですから、お天気の台風ではなくって、台風みたいな人が来るんですよぅ」
「はあっ? 何でぇ、そらぁ?」
ルードヴィヒは全く理解できなかったが、数刻後には、そのことを思い知らされることになる。
◆
これに先立つこと1週間前のこと……
「はあーっ……」
ユリア・シュナイダーはヴァレール城の部屋の掃除をしながらため息をついていた。
(やっぱルーちゃんがいねえと、張り合ぇがねぇのぅ……)
だが、そう思った彼女の決断は早い。
「よぉぉぉし! おらぁ決めた!」
その直後、ユリアは当主であるグンターにおねだりをしていた。
「なあ、ええろぅ。グンター爺ちゃん。おらぁ、ルーちゃんとこ行きてぇがぁてぇ」
「しかし、のぅ……」
すると、ユリアは、少しばかり意地の悪そうな眼差しでグンターを見ながら放言した。
「じゃあ……爺ちゃんだけ特別に、おらのパンツ見してやるすけ。そぃでもダメけぇ?」
「バカこけ! いい歳こいた娘が何ちぅこと言うんでぇ!」
「まったあ……本当は見てえくせに……爺ちゃんのスケベ」
「おめぇ……いい加減にせぇよ……」
「大丈夫んがぁて。婆ちゃんには黙っといてやるすけ……」と言うと、ユリアは本当にスカートに手をかけ、たくし上げ始めた。
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