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第60話 消えない想い(2)

 一方……。


「娼婦ぅ?」


 他の大多数の女子たちは、"娼婦"を単語としては知っているし、漠然としたイメージはあるが、依然として実感が()いてこない。


(エッチなサービスって何?)


 話題はズレて、その内容へと移っていく……。


 カミラとゲルダは、次第に気が遠くなる思いがして、話題に付いていけなくなった。


 そして、精霊たちは……。


 フランメが思わず感想を漏らす。


「へえ。人間の男って、そんなケッタイなことをしたり、されたりして喜ぶんだあ……僕は、よくわからないなあ……普通にハグされて魔力のやり取りをするだけでも十分気持ちがいいのに……でも、(ぬし)様がよろこぶなら、今度やってあげようかなあ……」


(はあ? 何だこいつ? まるで人間じゃねえみたいに……それに……貞操(ていそう)の観念がねえのか?)


 カタリーナは、フランメの言葉の意味を理解しかねた。


 その日のおしゃべりは、その程度で収まった。

 だが、精霊たちの中でただ一人、ダルクだけはその目に怪しい光を宿しながら、話の内容に真剣に聞き入っていたのだった。


     ◆


 同じ頃。

 クーニグンデは、ルードヴィヒの部屋に乱入していた。


(ぬし)様。あの二人はどうしたことです?」

「そらぁ、こん屋敷にぁメイドが不足してるすけ、雇っただけんがぁて」


「しかし、主様。以前にもあれらの雌の匂いを付けて深夜に帰って来ていましたよね。それも1度や2度ではなく!」


(やべぇ。また"雌"扱いたぁ。おごったぁ(たいへんだ)……)


「ああ……二人は黒猫亭っていう居酒屋の酌婦だすけ、隣に座ったりしたから匂いが付いたんでねえけぇ」


「我は(だま)されませんよ。その程度であんな匂いが付くはずはありません」


 追及は苛烈(かれつ)を極め、ついにルードヴィヒは二人が娼婦であったことを白状した。


「な、なんと。主様の種というかけがえのないこの世の至宝をあのような者たちにお与えになるとは……」


 もはやクーニグンデは怒りに体が震えている。


「我に種をくれるという約束は、いったいいつ実行に移されるのですかぁ!」

 ……と一際大きく叫ぶと、クーニグンデは大口を開ける。


 人間にしては長い犬歯が、キラリと光ったように見えた。


「待ってくれや。クーニィ。だめだ……それだけは……」

「問答無用!!」


 クーニグンデは有無を言わさず、ルードヴィヒの首筋に()みついた。

 クーニグンデの犬歯から大量の神経毒が注ぎ込まれ、途端にルードヴィヒの体が(しび)れていく。


「くっ……ううっ……」


 とりあえずの制裁を加え、クーニグンデが口を話すと、犬歯から濃い紫色をした毒が糸を引いて垂れた。


「ふんっ!」


 クーニグンデは、(きびす)を返すと、そのまま不機嫌な顔をして去っていった。


(ああ……やっぱしこういうことんなったか……まあ覚悟はしとったんだすけ、しゃあねえのぅ……)


 しかし、男のスケベ心とは際限がないものであり、この程度の制裁でとめられ得るようなものではないのであった。


     挿絵(By みてみん)


 デリアが屋敷で働くようになって一週間ほど()った。


 ルードヴィヒは、デリアと行き会う度に、何とも言えない複雑な思いを禁じ得ないでいた。


 デリアの顔を見るたびに、いちいち自分の心が大きくデリアに傾いていた過去が思い出されるし、今でもその感情は否定できない、というか否定したくない。


 そして、心ならずも想像してしまうのだ。

 もしも、ダリウスが(あらわ)れなかったらと……。


 おそらくデリアの方も自分個人を憎からず思っていたのではないか。そういう意味では、二人は客と娼婦という疑似恋愛を通じてではあるが、互いに心を傾け合っていたのではないか。


 それは、恋人になるほどに成熟した関係ではなく、恋人になりかけ、あるいはもっと都合よく言えば恋人もどきのようなものだったが、ダリウスの存在がなかったら、やがてそれは成熟していき、二人は結ばれ、恋人になったという展開を夢想してしまう。


 これは、たらればを重ねた末の不毛な夢物語ではあるが、ルードヴィヒはその魅力に(あらが)えないでいた。


 簡単に言えば、元カノ的女性への思いを断ち切れない未練がましい男といえばそうである。

 普通なら、時が経つにつれ、思いは薄れていくのであるが、今回の場合は、デリアの顔を見るたびに思いが再生産され、薄れていくことがない。


 これが拡大再生産であれば、看過できない問題なのだが、現状維持に留まっている限りは、デリアに迷惑をかけることもないだろう。


 そう割り切ることに決めたルードヴィヒは、これ以上この感情に(あらが)わないことに決めた。


 彼は、今日も屋敷の廊下でデリアとすれ違う。

 恥ずかしさが頭を(よぎ)り、目を()らしそうになるが、この感情を彼女に気盗(けど)られてはならないと、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。


 心なしか、彼女の態度にも不自然さがあるようにも見えてしまう。


(まだ、ちったぁ、おらんことを思ってくれてんでねぇろか……)

 …と一瞬思うが、そんな虫の良い話はないと心の中で否定する。


「デリアさん。ちったぁ仕事には慣れたけぇ?」

「ええ。皆さんとても良くしてくれるので、だいぶ慣れてきました」


「そうけぇ。そらぁ、良かったのぅ。そんだば、よろしく頼まぁ」

「かしこまりました。旦那様(ヘル マスター)


旦那様(ヘル マスター)けぇ……そっけに改まって呼ばれると、ちっとばかし寂しいのぅ……)


 だが……これ以上を望んではいけない。

 あくまでも現状維持が精いっぱいだと自分に言い聞かせるルードヴィヒであった。

お読みいただきありがとうございます。


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