第60話 消えない想い(1)
デリアは、ふと気づいた感情を背徳的と感じ、自分の至らなさに幻滅していた。
ダリウスと結ばれ、かけがえのない喜びをデリアは実感する一方で、ルードヴィヒに対する感情が宙に浮いていることに気づいた。
これまで、彼はダリウスの身代わりであり、願望が成就した暁には、ルードヴィヒに向けた感情は自然と昇華して消えるものと漠然と考えていた。
しかし、依然として、ルードヴィヒに対する感情は消えずに残っている。
彼をダリウスの身代わりと見ていたことは、紛れもない事実である。
デリアは、それと並行してルードヴィヒ本人に対しても少なからぬ好意を抱いていたことに、今更ながら気づいた。
ダリウスとは、もはや事実上の夫婦であり、自分は人妻同然であるが、一方でルードヴィヒへ好意を寄せていたという過去を消すことはできないし、今でもその感情は否定できない、というか否定したくない。
その感情は、ダリウスとの関係を否定するような強烈なものではなく、未成熟なものではある。
そんな中途半端な感情をどう扱ってよいかわからず、彼女の心は、まるで出口のない迷路に迷い込んだかのように混迷していた。
黒猫亭で所要の手続きを済ませると、カタリーナとデリアは晴れて娼婦の身を卒業した。
(これでようやく堅気の女として生きていける……)
二人は、これから開けていくだろう未来への期待に胸を躍らせた。
◆
期待と不安が入り混じる中、二人はローゼンクランツ新宅を訪問する。
邸宅に着くとカタリーナは驚きの声をあげる。
「おおっ! 場所も上級貴族街にあるし、思ったよりずっと凄い豪邸じゃないか」
「もともと伯爵様の邸宅だったみたいですよ。本当に私たちなんかが働かせてもらっていいのでしょうか……」とデリアは自信なさげだ。
「な~に。お貴族様と言ってもルー坊は準男爵だ。ここまで世話になっておいて、今更遠慮する必要もないさ」
「そう……ですね」
カタリーナが先頭となって、屋敷の扉のノッカーをコンコンと鳴らした。
すると、好々爺然とした初老の男性が応対に出てきてくれた。
一見していい人そうな印象にで、二人は気持ちが少し楽になった。
「カタリーナさんとデリアさんですね。旦那様から話は伺っております。私はこの屋敷の執事をしておりますディータ・ケッターと申します」
二人は屋敷の管理を統括する執事が自ら出迎えてくれたことに感動した。
デリアが申し訳なさそうに言う。
「執事様が自らご対応いただき。恐れ入ります」
「なに。この屋敷は使用人が不足していますのでね。執事といってもハウスボーイに毛が生えたようなものですから」
二人は、ルードヴィヒの部屋に案内された。
「おぅ。タリナ姐さとデリアさんけぇ。よく来てくれたのぅ。おらぁ、家事のことは良くわからんすけ、ケッターさんによく教わってくれや。そんだば、よろしく頼まぁ」
返事をしようとしたところで、ディータの視線が二人に注意を促したように感じ、二人はその意味を察した。
「「かしこまりました。旦那様」」
「ん? "旦那様"たぁ、二人にそう呼ばれると、何か照れるのぅ……が、まあええか……」
その後、二人はディータから、一通り自分たちが担当する家事のことを教わり、一息ついていた。
そこに彼女らに興味を持った他のメイドたちが三々五々集まってきた。彼女たちは、二人とルードヴィヒの関係が気になってしょうがなかったのだ。
気がつくと、カミラ、マルグレットにゲルダ、更には火精霊のフランメ、風精霊のヴェントゥス、水精霊のアクア、光精霊のルークス、そして闇精霊のダルク……。
お婆さんである土精霊フェルセンを除く女子たちが大集合だ。
だが、なぜかクーニグンデだけは、その場にいなかった。
この世界には、ハローワーク的な組織は存在しないため、縁故採用が基本となっていた。雇われたからには、当然にそれなりの事情があるはず。
彼女たちは、カタリーナとデリアに根掘り葉掘り質問を浴びせる。
そして……。
カタリーナがぶっちゃけた。
「じゃあ。本当のことを言うよ。あたしたちは黒猫亭っていう居酒屋の酌婦をしていて旦那様と知り合ったんだ」
ルークスが鋭く質問する。
「でも、その程度の関係で雇われたとは信じられませんが?」
追及はさらに続き、カタリーナは我慢ができなくなった。
「ぶっちゃけると、黒猫亭っていうお店はエッチなサービスもするお店なんだよ」
「エッチなサービス?」
女子たちの大多数は意味を理解しかねている。
だが、マルグレットが露骨に指摘してしまう。
「あなたたちは娼婦だったということですよね?」
カタリーナは、妖精のように美しい彼女の外見と乖離した露骨さを意外に思ったが、もはや投げやりになって答える。
「ああそうだよ。軽蔑したかい?」
「いえ。そんなことは……」
……とマルグレットは、何の感慨もなさそうに淡々と答える。
これにはカタリーナも肩透かしを食らった思いがした。
娼館には怖いお兄さんというストッパーがいるから、意に反する性的行為を際限なく強制されるようなことはない。
性奴隷の場合は、いかなる制限もなく、文字通り虐待を受けていたのだから、かつての自分よりはよほど恵まれているとマルグレットは受け取っていた。
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