第58話 銀髪フェチ(2)
「ミヒャエル。ダリ兄さがどうかしたけぇ?」
ミヒャエルの声を耳にしたルードヴィヒが、興味を持ってしまったようだ。
(バカッ! うやむやにしようと考えかけていたところなのに……)
ジェシカの方も「ダリ兄さ」と聞いて興味を搔き立てられたようだ。
「あのう……ローゼンクランツ卿はダリウス様と親しい仲なのですか?」
「親しいっちぅか……まあ、ぼちぼちのぅ……」
「そうなんですか。ダリウス様ってカッコいいですよね!?」
「カッコいい?……んーーん?……えれぇ強くて硬派なことは確かだども……それをカッコいいちぅんかぃのぅ……」
「そこがいいんじゃないですかぁ。わかってないなぁ。もう……」
「まあ……硬派は硬派だとも、女嫌いではねぇよ」
「ええっ! あんなストイックそうに見えて、そうなんですか?」
ジェシカは期待に目を輝かせている。
一方で、ミヒャエルは、話の展開をハラハラしながら聞いていた。
「おぅ。あんな一途な男は、おらは見たことがないっちゃ」
(あっ! バカ、バカ! この無神経男が!)とミヒャエルは思ったが、もはや手遅れのようだ。
そしてジェシカの目は点になった。不可思議のあまり、別世界に行ってしまったようだ。
その一途の想い人が自分だと思うほど、ジェシカはナルシストではないが……。
「えっ?……ん?……一途って……どういう意味でしたっけ?」
「ん? 一人の女をひたむきに思い続けるっちうことだっちゃ。そっけ難しい意味でねぇろぅ」
その言葉は、ジェシカへのとどめの一撃となった。
これにより、ダリウスには想い人が他にいることを、完全に悟ってしまったのだった。
「ははっ そうですよね 難しくはないですよね ははっ 本当は私もわかっていたんです ははっ ははっ 念のため聞いただけです ははっ 念のためです ははっ 念のため ははっ ははっ……」
ジェシカのただならぬ様子にクラス中の生徒が目を向け、訳がわからないといった顔をしている。
「このへんで勘弁してやれよ! この無神経男があ!」
……と言うと、ミヒャエルはルードヴィヒの腕を掴み、強引に引きずっていく。
「おんや? おら、何かいねえなこと言ったかぃのぅ……」
ミヒャエルは、ルードヴィヒの無神経ぶり、というか天然ぶりを再認識していた。
が、一方で、ここで鋭く機転を利かせて事を荒立てずに丸く収めるような男だったとすれば、それはそれで、自分からすると気持ちが悪いようにも感じていた。
(まあ……ここは、こいつの悪いところだが……いいところでもあるんだよなぁ……)
◆
一晩寝て気持ちが落ち着いたジェシカは、一人静かに身を引くことを決意していた。
彼女は、逆切れするような性悪女ではなかった。
そして、3年もの間、ジェシカを邪険に扱わず、淡い夢を見させ続けてくれたダリウスの優しさに感謝した。
(もはや過去となってしまったこの淡い思いは、一生の宝物として、胸の奥に秘めておこう)
ジェシカは、自分の胸に手を当てながら、このなんとも言えない面映い思いを丹念に噛み締めていた。
ダリウスは、何か気の抜けた感覚を覚えていた。
悩みの種であったジェシカの前回の訪問から、一月が経過しようとしている。
来なければ来ないで、何かあったのかと心配にもなってしまう。
しかし、ここで彼女の消息を尋ねたりして、それが彼女への気があるそぶりと取られでもしたら、デリアとの関係が紛糾しかねない。
そう考えると、下手に動くことができず、少々もどかしい思いがする。
(もしかして、デリアの存在が自然にジェシカの耳に入ったのかもしれない……)
ダリウスは、そう考えることにした。
好意とまではいわないまでも、ジェシカに少なからぬ同情の感情を抱いていたダリウスは、この期に及んで彼女を傷つけるようなことがなくなったと考えると、気持ちが少し楽になった。
◆
ダリウスとデリアとの一件で少なからぬショックを受けたルードヴィヒは、ここ一月ばかり黒猫亭へ通っていなかった。
(あんまご無沙汰すっと、タリナ姐さにおっつぁれるかもしらんのぅ……)
そう思い至ったルードヴィヒは、覚悟して黒猫亭を訪れた。
「いらっしゃいませー」
いつものごとく、女の娘たちが若々しく元気な声で出迎えてくれる。
だが……
「おらっ?」
「あっ!……」
ルードヴィヒは、思いもよらぬ人物を目にして意外に思った。
「何でおめぇさんがここにいるがぁだ?」
そこには、相変わらずデリアがいた。
(とっくに娼婦はやめたと思っとったがんに……どういうこった?)
デリアは、この上なく気まずい顔をしている。
そこにカタリーナがやって来て、助け舟を出してくれた。
「ルー坊……娼婦をやめるのも、いろいろと面倒があるんだよ……」
「そうなんけぇ……?」
「まあ、ここに座って話を聞いておくれよ」
「おぅ。わかったっちゃ」
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