第6話 グラリエ聖堂(1)
数百年前。
地中海周辺の広大な領域を支配した古代ルマリア帝国は、東西に分裂した。
西ルマリア帝国は既に滅んでおり、東ルマリア帝国の流れをくむビサンチン帝国も、ルマリア教皇によって聖地奪還のために編成された第4次十字軍によって首都を奪われ、その亡命政権が細々と生きながらえている状況だ。
だが、国は滅んでも、古代ルマリア帝国で国教とされていたキリシタ教はエウロパ地方で繁栄を続けていた。
キリシタ教がそれまでの宗教と違ったのは、論理的に体系付けられた聖典を整備したこと、それに布教を推進するための組織と位階が整然と整えられたところにあるのではないか。
位階としては、教皇を頂点として、聖座に奉仕する司教のほか、「司祭、助祭、副助祭」の上三段、その下位として「侍祭、祓魔師、読師、守門」の下四段の合わせて7つの叙階段階が設けられていた。
ヴィートゥス・エルレンマイアーは、アウクトブルグ在住のさる伯爵家の愛妾が産んだ庶子だった。
彼には秘密があった。彼は、実はクオーターエンジェルだったのである。
彼の祖父はどこからか手に入れたアーティファクトを用いて天使を捕らえると、こともあろうに慰み者にしてしまった。結果、生まれた女子が彼の母である。
彼女は表向き愛妾とされたが、実際の扱いは酷いもので、性的な虐待を受ける日々が続いた。そして生まれたのが、ヴィートゥスだった。
彼の出自が公になると、祖父のした不埒な行為が明るみに出てしまう。故に、彼の出自は厳重に秘匿された。
そんな彼であるから、家人からは、ぞんざいに扱われた。
家に居づらくなった彼の行き場は、その血筋からか、教会しかなくなっていった。
そんな彼にも幸運が訪れた。
彼が懸命に奉仕活動に打ち込む姿が、教会の侍祭の目に止まったのである。
侍祭はすぐさまヴィートゥスの才能を見抜き、自らの養子とすることにした。聖職位階を受ける者は終生独身でなければならないため、後継者を得るには養子をとるしか方法がなかった。
当然、実家の伯爵家に否やはなかった。
教会で修行を始めたヴィートゥスは、めきめきとその才能を開花させていった。
彼は頭脳明晰であり、聖典のみならず、様々な分野の学問にも通じるようになっていった。
霊感にも優れ、それは他者の追随を許さないものがあった。
極めつきは、光魔法の才能が抜きんでていたことだ。
エウロパの地での魔術・錬金術の歴史はまだ浅く、東方から「ソロモンの遺訓」、「モーセ第八の書」といった魔術書がもたらされてから百数十年しか経っていない。
錬金術ではヘルメス・トリスメギストスによって記されたとされる「エメラルド・タブレット」がもてはやされた。
魔術・錬金術を使いこなすには、才能のみならず、高度な知識も必要であった。このため魔術師になるには魔術学校で学ぶことが常道であり、このため狭き門となっていた。
魔術学校を優秀な成績で修了し、更に高難度の試験をクリアした者には、"魔導士"の称号が与えられ、その過少性から尊敬を集める存在となっていた。単に魔術が使える"魔術師"とは、扱いに雲泥の差があった。
ヴィートゥスは、若くして魔導士の称号を得ていた。
魔術・錬金術の世界観では、この世界は、火・風・水・土の4つの元素から構成されると信じられていた。
そしてそれぞれの元素に対応した精霊が存在し、魔力は、精霊の力を借りて行使するものと考えられていた。
精霊とは、第5の元素とも言われ、天空を満たしているとされたエーテルを核とした体で構成された身体を有する人的な自然霊のことである。
この元素魔術とは別に、光と闇の魔術の系統があるとされていた。
光は癒しや浄化の魔術であり、闇は呪いなど人に害悪を与える魔術と信じられている。このため、闇の魔術は黒魔術とも呼ばれ、教会から禁忌とされていた。
光の魔術の才能を有する者は元素魔法に比較しても寡少であり、社会から珍重された。才能のある光魔術師は教会が真っ先に囲い込むため、フリーの光魔術師で才能のある者は市中にはまずいないと言ってよかった。
この意味で、ヴィートゥスは教会の中でも重宝されていたが、さらに彼の評価を高めていたのは、彼が光精霊との守護契約を結び、精霊の加護を受けていたことだ。精霊の加護持ちは、精霊からより強力な力を得られることにより、使用魔力量が通常の10分の1となることが知られていた。
全属性を含め、精霊の加護持ちとして知られている者は、エウロパの地には片手で数えられるほどしかおらず、光の加護持ちは彼一人だった。
侍祭:ミサの時、司祭に付き添う奉仕者のことで、下位の聖職者としては一番位階が高い。
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