第57話 邂逅(2)
「いらっしゃいませー」
女の娘たちが若々しく元気な声で出迎えてくれる。
カタリーナが気づいて、早速声をかけてきた。
「おやおや。ローレンツさん。約束どおりお仲間を連れて来てくれたんだね。ありがとうねえ」
「いやあ。おまえの頼みなら、聞かない訳にはいかないからな……」
ローレンツは柄にもなく、頭を掻きながら照れている。
どうやら、カタリーナのことを相当に気に入っているようだ。
「あらっ! ルー坊じゃないか。あんたもこの人たちのお仲間だったのかい?」
「いや……おらは、お仲間っちうか……そのぅ……」
「まあいいさ。皆でここにお座りよ」
結局、4人で一緒にボックス席に座る。
「よろしくお願いしまーす」
すかざす、女の娘たちが一人ずつ付いてくれる。
ローレンツは、その横に座ったカタリーナに尋ねた。
「カタリーナ。こいつを"ルー坊"なんて呼ぶからには、二人は知り合いなのか? どういう仲なんだ?」
「おやおやっ。ローレンツさん。ルー坊相手に嫉妬しちゃってるのかい?」
「いや。別に俺は……」
ローレンツは、またも照れている。
態度は大きいが、案外と純情な人物なのかもしれない。
「前に勤めていたシオンの町でよく来てくれていたからさあ。可愛がってやっていたんだよ。まあ、可愛い弟分みたいなものさ」
「そ、そうなのか……なら、いいが……」
ローレンツは、納得しきれていない表情だ。だが、これ以上の追及もしない様子だ。
例によって、カタリーナの主導で、会話は進む。
ダリウスは、ほとんど会話に参加していない。
ダリウスの両隣に座った娘はダリウスの気を惹こうと必死だ。
来店は今日が初めてだし、あれだけの優男なら当然のことだろう。
「実はさあ。ルー坊は準男爵様なんだよ」
「えーっ! すごーい」と女の娘たちは声をあげる。が若干演技が入っていることが垣間見える。
「ほう。その歳で爵位持ちとは……凄いじゃないか」とルーカスは素直に称賛した。
「タリナ姐さ。こっ恥ずかしいこと言うんでねぇがぁて!」
……と、爵位など全く鼻にかけていないルードヴィヒは照れた。
そして会話が一段落し……。
「さて……そろそろどうだい?」
……とカタリーナが尋ねたとき、一人の娼婦が2階から降りて来た。
客はさっさと先に帰り、跡片付けをした後のようだ。
まだ10代と見える彼女は、歳に不釣り合いな怪しい色気を放っている。ローレンツとルーカスが、そしてダリウスまでもが彼女に注目した。
それを見たルードヴィヒが「デリア……」と声をかけようとした刹那……。
彼女はルードヴィヒたちと一緒にいた銀髪の男を目にすると、驚きのあまり、瞳孔が獲物を狙う猫の目のように大きく真ん丸に広がった。
一瞬の間があって、デリアは、自信なさそうな声で呟いた。
「ダリウス……なの……?」
二人が引き離されてから10年以上が経っている。
ダリウスは全く別人のように立派な成人男性の姿となっていたが、デリアの女の勘は、敏感にダリウスの面影を感じ取っていた。
一瞬、呆気にとられていたダリウスも、その声に導かれてデリアの面影を感じ取った。
「デリア……なのか?」
デリアは確信した。初対面の人物が自分の名前を知っているはずがない。あの人はダリウス以外にあり得ない。
10年以上待ち焦がれた彼がここにいる。
だが、デリアは素直に喜べなかった。
やむにやまれなかったとはいえ、今の自分は娼婦だ。こんな穢れた身ではダリウスに合わせる顔がない。
そう思ったデリアは、居たたまれなくなり、衝動的に店の外へと飛び出して行った。
突然の出来事に、ダリウスを含め、皆は茫然と見ているしかなかった。
いち早く冷静になったカタリーナがダリウスに言った。
「あんたたち知り合いだったのかい?」
「ああ。ずっと昔だが、一緒に暮らしていた……」
カタリーナは呆れ返り、「はーーーっ」と大きなため息をついた。
「女の勘でデリアには想い人がいるとは思ってはいたんだ。あんたはどうなんだい?」
「ああ。今でもデリアを愛している」
「まったく……男ってのは……いざというときにホントに頼りになりやしない……」
そして、カタリーナは、ダリウスの背中をバシリと叩くと言った。
「あんたも男なら、追いかけて行ってやりな!」
それで漸くダリウスは目が覚めた。
「わかった!」と言うなり、勢いよく店を飛び出していった。
一方、一連のやりとりを見ていたルードヴィヒは、少なからぬショックを受けていた。
(おいおい……そらぁねぇだろぅ……)
疑似恋愛と高を括っていたつもりのルードヴィヒの心は、本人が自覚していた以上に大きくデリアに傾いていたのだった。
デリアに本命の人がいると思い知らされ、それを自覚せざるを得なくなったルードヴィヒは、心の中で独り言ちた。
(そんにしても……心が痛むって……ほんに痛ってぇもんだのぅ……)
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