第57話 邂逅(1)
19歳を迎えようとしていたダリウスとて男であるから一人前、あるいはそれ以上の性欲を持っている。
当然、娼館には不定期に通っているのだが、他人と馴れ合うつもりなどないダリウスは決まって一人で、他人とつるんで行くことなど決してなかった。
ダリアへの想いは固かったが、本人にとっては、これはこれ、それはそれと割り切ったつもりでいた。もっとも、これは女性から見たら都合の良い男の身勝手に過ぎないだろうが……。
周囲の傭兵たちからすると、その強さと相まって、ダリウスはあまりにもストイックに見えてしまい、彼がそのようなことを行う様を想像できないでいた。
それに、彼はいつも他人を寄せ付けない鋭い雰囲気を纏っている。
このため、これまでダリウスを娼館に誘う勇気のある者は現れなかった。
しかし……。
ある日、ダリウスはローレンツから誘われた。隣では、ルーカスがニヤニヤしている。
「ダリウス。たまにはおまえもつき合えよ。男ならおまえも嫌いじゃないんだろう?」
ローレンツは少々下卑た笑いを浮かべている。
ダリウスは、それとなく状況は察した。
「つき合うって、どこへだ?」
「黒猫亭っていういい店を見つけたんだ」
「居酒屋か?」
「まあ、そうとも言うが、気に入った娘がいれば、"なに"もできるんだぜ」
これまで孤高を貫いてきたダリウスだが、ローレンツとルーカスにだけは、戦場で背中を預け得る存在かもしれないかと思い始めていた。
これはこれで得難い存在である。必要以上に馴れ合うつもりは毛頭ないが、つまらない意地を張って、彼らとの関係を壊してしまうのは愚の骨頂と思えた。
「わかった。行くだけ行ってやろう」
「また、カッコつけやがって。本当は"なに"が嫌いじゃないくせに」
「…………」
ダリウスは、それには答えなかった。
何を言っても、ローレンツに揶揄われると思ったからだ。
「ちっ。相変わらず、可愛げのない野郎だぜ……」
だが、その言葉はローレンツの口癖で、ダリウスを見限ったことを意味しないことを、彼は既に理解していた。
最近、ルードヴィヒが娼館に通うときは、黒猫亭が定番となっていた。
気心の知れたカタリーナ姐さんがいるという要素も大きかったが、店から帰る時に見せるデリアの寂し気な表情が何よりも気がかりで、放っておけなくなってしまっていたからだ。
(あれが演技だとすっと……おらはいいカモっちぅことだぃのぅ……)
だが、ルードヴィヒは嫌な気持ちはしなかった。娼館での疑似恋愛など、所詮は、そのようなものだ。本気になる方がバカげている………………と思う。
そして黒猫亭の入り口で、ある銀髪の優男とバッタリ出くわした。
「お、おめぇさんは……」
しかし、二つ名の印象があまりにも強烈だったので、本名が出てこない。かといって、このような場で二つ名を持ちだすのも無粋な感じがした。
「……誰だっけ?」
その途端、銀髪の男から頭にガツンと拳骨を落とされた。
相当に痛かったところをみると、半ば本気だ。
ルードヴィヒは、頭を擦りながら苦情を言う。
「痛ってぇのぅ。いきなし何すんでぇ……」
「人の名前を忘れるなど、失礼にも程というものがある」
「おらだって、兄さの顔を忘れた訳じゃねぇ。二つ名が強烈過ぎて、本名が出てこんかっただけでぇ」
「ならば、もう一度だけ教えてやろう。俺の名前は"ダリウス"だ。今度忘れたらもっと痛い目にあわせるからな。小僧!」
「おらは小僧じゃねぇ! ルードヴィヒだ! 兄さもおらの名前を忘れとったんでねぇけぇ!」
「それは悪かったな。決して忘れていた訳ではない」
「そんだば、ええが……ダリ兄さ」
「ダリ兄さ」などと呼ばれ、ダリウスの頬はピクリと反応した。いまだかつて、こんな呼ばれ方をされた記憶はない。
そこにローレンツが割って入った。
「おまえら。二人してなにつまらねえ漫才ごっこやってやがる。それじゃあ笑いはとれねえぜ」
すかざす「いや。なかなかだったと思うぜ。俺は……」とルーカスが茶々を入れる。
ルードヴィヒとダリウスは二人とも反論しようとしたが、ローレンツは無視した。
「さあ。ボヤっとしてねえで、さっさと入ろうぜ。いい女が雁首そろえて待ってるぜ」
……と言うと、ローレンツは、ダリウスとルードヴィヒの肩に手をかけ、店の中へと強引に誘っていく。
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