第56話 小さな幸せ(1)
デリアが黒猫亭で娼婦として働き出してから1年が経過しようとしていた。彼女は、もうすぐ18歳になる。
その間に、居酒屋スペースでの話術も巧みになっていき、いやな客を適当にあしらう術も身につけていった。
(我ながら擦れた女になっちゃったな…)
やむにやまれず始めた娼婦の仕事だったが、これではダリウスに合わせる顔がないとも思った。
しかし、今更、起死回生の手段などあろうはずもなかった。
ルードヴィヒは、三毛猫亭での用事を済ませた帰り道、夕暮れの迫りつつある繁華街を歩いていた。
ふと見ると自分の前を歩く女性の後ろ姿が目に映った。
その女性は薄い上着を羽織っているが、彼女が身に付けているスカートの丈はそれよりも短いらしく、後ろから見ると何もはいていないようにも錯覚してしまう。
そして上着からのぞいている足は、程よい肉付きの成熟した女性のものだった。そこはいつも見ている同年代の女子たちとは違う大人の魅力を感じてしまう。
(おぅ。あん姉さ、いい足しとるのぅ……)
そして颯爽と歩く姿が、なんともカッコいい。
女性の顔を見てみたくなったルードヴィヒは、なるべくさりげない感じで女性を追い越しざま、チラリと女性の顔を盗み見た。
(おらっ!)
「タリナ姐さでねえけぇ!」
「おやっ! ルー坊じゃないか。そういえば、あんたアウクトブルグの学校へ行くって言ってたっけ」
「姐さこそ、なじょしてここにいるがぁ?」
「あたしもアウクトブルグの町の女将さんにスカウトされてさぁ。今はこっちの店で働いてるんだ」
タリナことカタリーナは、シオンの町に1軒だけあった居酒屋形式の娼館で働いていた売れっ子の娼婦だった。
ルードヴィヒも何度もお世話になったことがあり、カタリーナの方もルードヴィヒのことを"ルー坊"と呼んで可愛がってくれていた。
「今日はこれから出勤だから話はこれで切り上げさせてもらうけど、今度お店においでよ。サービスするからさぁ。場所は3番街の角の黒猫亭っていうお店だから」
「おぅ。わかったっちゃ」
(姐さも変わらねぇのぅ。相変わらず威勢のいいこった……)
そしてしばらく歩いていると、カタリーナと同じような服装をした女性が目に映った。服装から、そういう系の女性であることは容易に想像できた。
カタリーナよりは若く、まだ10代のようだ。
(今日は似たような女衆とよく会うのぅ……)
女性は、いかにもといった感じのならず者3人組に絡まれている。放っておいたら、このまま連れ込み宿にでも拉致されそうな勢いだ。
彼女は、薄い上着を羽織っているが、やはり後ろから見ると何もはいていないようにも見えてしまう。
(すっけん恰好しとったら、かえって挑発的だと思うがのぅ……こかぁまあ、しゃあねえか……)
ルードヴィヒは、ならず者たちに近づくと、声をかける。
「ねら何してるがぁだ!」
ならず者たちのリーダーと思しき男が振り返るが、方言を聞いて田舎者だと思い、まるで相手にする気がさそうだ。
「このど田舎からのお上りさんがぁ! 余計な真似するんじゃねえ! 怪我しねえうちに、とっとと失せな!」
だが、もう一人のならず者が自信なさげに言った。
「兄貴ぃ……方言のきつい優男って……もしかして……」
ならず者たちは、黒龍会の構成員だったが、ライバルの血の兄弟団の構成員が酷く恐れている男がいるという噂は誰もが耳にしていた。
それは方言のきつい優男で腕っぷしが凄まじく強く、Aランク冒険者のオトカル・グヴィナーでさえ、赤子の手をひねるように倒されたという。そして、その正体は、なんとあのローゼンクランツ翁の孫だというのだ。
「おめえ……まさかローゼンクランツ翁の……」
「あぁっ? 爺さがどうかしたけぇ?」
「やべぇ! こりゃあ本物だ! 逃げろ!」
……と言うなり、ならず者たちは脱兎のごとく逃げていった。
(何でぇ? 意味のわからん奴らだのぅ……)
そこで助けられた女性がお礼を言ってきた。
「あのう……危ないところを、どうもありがとうございました」
「ええてぇ。あんなゲス野郎には、ちったぁお灸をすえとかんば……」
「私、デリアと言います。お礼はまた後程させていただきたいのですが、仕事に遅刻しそうなので、今日のところは失礼します」
デリアは、そう言うなり3番街の方へ小走りで去っていった。
(まったく……おらの名前も住所も聞かねぇで行ってしまうたぁ……あわてんぼうなんか……そもそもお礼をするつもりがねぇのか……)
だが……
「まあ……Es kommt wie Es kommt……」(なるようになるさ……)
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