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第55話 こうして、デリアは…(1)

 一般奴隷に人権はなく、家畜や物と同様に主人の所有物として扱われる。

 このため、一度一般奴隷となった者が、その身分から解放されることはまずない。


 だが唯一可能なケースが一つだけある。

 主人が死亡し、その財産を相続する者がいない場合だ。


 一般奴隷も家畜や物と同じという意味では一種の財産である。

 そして、行き場のない財産は公的機関が接収するものとされていた。


 接収した公的機関にしてみれば、過剰な数の一般奴隷を抱えても、最低限の衣食住に必要な最低限の支出はかかってしまう訳で、これは好ましいことではない。


 そこでどうしているかというと、一般奴隷に課した労役に対し、それに見合った最低限の賃金を支給し、これを貯蓄させて自らを買い取るという仕組みにしていた。


 自分が自分の主人となれば、これは事実上の開放奴隷である。


 ただ、こうして解放奴隷となった者も、仮に親兄弟の行方(ゆくえ)が知れていればそこに戻るといったこともあり得たが、身寄りのない天涯孤独の者は職を探すのも一苦労だった。


 この世界では、本人の親兄弟が事実上の保証人として扱われており、本人が職場に被害を与えるような事態があった場合は、本人に代わって損害を賠償する(なら)わしとなっていた。


 このため、天涯孤独の解放奴隷が真っ当な職業に就くことは至難で、その行きつく先は、男であれば日雇いの重労働者や女であれば娼婦といったところが関の山だった。

 一般奴隷商のリュッタースに(つか)まったルートとデリアは、さる好色で残忍な性格の男爵に買い取られた。


 ルートはまだ30歳前の女盛りであり、貧民であった割には、顔も美しく、その肢体も魅力的だった。もちろん、目的は主として性奴隷とするためである。


 デリアは、まだ幼児であるにもかかわらず、怪しい色気を発しており、これも男爵は気に入った。いわば先行投資のつもりだった。


 ルートは、男爵がデリアに度々向けるいやらしい視線にいち早く気づき、防波堤になろうと努力した。

 そのため、男爵が要求するどんな卑猥(ひわい)な行為であろうと受け入れることにした。


 しかし、デリアが成長するにつれ、その怪しい色気はいや増していく。

 ついに、彼女が11歳になったとき、未成年の彼女に対し、男爵はその欲望を行動に移し、彼女はその意に反して処女を喪失した。


 これに対して、ルートは激怒した。


「てめえがデリアには手を出さないと言うから、こちとら言いなりになってきたっていうのに。この大ぼら吹きのド変態野郎が! 地獄に落ちやがれ!」


 もともと奴隷との約束など守るつもりもなかった男爵は、良心の呵責(かしゃく)などまったく感じなかったし、ルートにもそろそろ飽きてきていたところだ。


 元来残忍な性格である男爵は、自分に逆らったルートに対し激怒し、使用人に命じて、ルートを(むち)打たせた。死んだら死んだで構わないと考えた末の命令だった。


 鞭と言ってもお遊びで使う物ではない。罪人の刑罰に使うような本物の鞭であり、その威力は凄まじいものだった。

 鞭打たれたルートの背中は皮が破れ、肉が(えぐ)れた。

 そして、(おびただ)しい血が流れた。


 デリアは、ルートを必死に看病したが、満足な治療も受けられず、傷口から細菌が感染して、ルートは呆気(あっけ)なく天に召されてしまった。


 男爵の欲望は、デリア一人に向けられたが、デリアは、必死に耐えた。

「いつかダリウスが迎えに来てくれる」という妄想のみが心のよりどころだった。


 一般奴隷が自由の身になるなど、普通はあり得ない。そういう意味では、デリアの希望は、夢ではなく、妄想とでもいうしかないしろものだった。


 しかし、奇跡は起きた。


 デリアが14歳となったとき、男爵家でインフルエンザが流行し、男爵家の家族一同を始め使用人の大部分が命を落としたのだ。


 体力があまりないはずの奴隷であるデリアがインフルエンザに(かか)らなかったことは不思議なことであった。もしかして、アンネローゼの看病を通じて免疫を獲得していたダリウスと暮らすうち、デリアも免疫を獲得していたのかもしれない。


 あるいは、ダリウスがデリアに妹の姿を重ねて見ていた気持ちに寄り添ったアンネローゼの霊がデリアを助けてくれたということなのだろうか。だが、当のデリアはアンネローゼの存在を知らない。


 この世界では、病気は悪霊や悪い妖精が引き起こすものと信じられている。

 一家が全滅した男爵家に血縁の者が全くいないとは考え難かったが、そのような(たた)られた家の財産を相続しようという者は誰も現れなかった。


 こうしてデリアは、所有者のいない財産とみなされ、アウクトブルク市にその身を接収されることになった。


 公的機関に接収された一般奴隷は、課された労役に対し、それに見合った最低限の賃金が支給され、これを貯蓄して自らを買い取れば自由の身になれるということだった。


 デリアは、これに希望を見出した。

 一刻も早く自由の身になって、そしてダリウスを探し出すのだ。


 デリアは、身を粉にして働き、17歳になったとき、ようやく自分の身柄を買い取り、自由の身になることができた。

 たいした金額ではないが、お金も持ち合わせがある。


 このとき、デリアは、明るい未来が開けるかと希望に燃えた。


 しかし、世の中そう甘くはない。


 これから生活していくためには、その(かて)をえるため働かなければならない。デリアは必死に職を探したが、身元保証人がいない天涯孤独の身である彼女を雇ってくれる堅気(かたぎ)の商売人は現れなかった。


 持っているお金も底を尽きそうだ。

 今まで泊っている宿は最低ランクのものだったが、今夜そこに泊れば完全な無一文となってしまう。


 デリアの脳裏を貧民街の様子が(かす)めた。

 が、ダメだ。また、あそこに戻ってしまっては、また奴隷狩りにあって逆戻りしてしまいかねない。


 心細くなったデリアは、途方に暮れて、あてもなくアウクトブルグの町をさまよった。

 辺りは容赦なく夕闇が迫ってきている。

     挿絵(By みてみん)

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