プロローグ 陸の王者
「そりじゃあ爺さ。ちっとばかし森に行ってくるすけ」
「あんま奥まで騒ぐんでねえがぁぜ!」
「すっけに気もまんでもあちこたねぇがぁてぇ!」
そして、数十分後……。
ルードヴィヒたち冒険者パーティは、転移魔法を使って"森"の最深部に来ていた。
人間の体に豹の頭と尾を備えた豹人族のニグルは、呆れながらルードヴィヒに言った。
「主殿。これのどこが少し奥なのです?」
「別に夢幻界や冥界に来たわけでもねぇし、そっけ奥っちぅわけでもねぇろぅ」
ルードヴィヒたちの住むシオンの町の郊外の森は、高ランクの魔獣の巣窟つとして知られており、冒険者たちの間では"地獄森"と呼ばれ、畏怖の対象となっていた。
だが、そのようなことを彼は知らない。
地元では、単に"森"と呼ばれていたからだ。彼にとって、"森"が普通であることになんの疑問も抱いていなかった。
そんな会話をする間もなく……。
バキッ ベキッ ボキボキッ……。
森の木々をへし折りながら、何か巨大生物が近づいてくる気配がする。
「ちっとばかし様子がいねえだのぅ」
「確かに……何かから逃げているのでしょうか?」
答えたのは、女騎士のクーニグンデである。
そして、巨大生物が姿を現わした。
頭胴長がアフリカゾウの倍以上、尾まで入れたら4倍以上はあろうかという生物で、土気色をした蜥蜴にも似た体をしている。
「おらっ! アース・ドラゴンでねぇけぇ。こらぁめっけもんだもぅさ」
ルードヴィヒは、アース・ドラゴンを見ても怯む様子が微塵もない。
「そんだば、ニグル、クーニィ。いつもんとおり、よろしくのぅ」
「「承知!」」
ニグルとクーニグンデは、アース・ドラゴンへと突進する。
そこに阿吽の呼吸で治癒師のルークスが身体強化の補助魔法を発動した。
ニグルとクーニグンデは、アース・ドラゴンに攻撃の隙を与えず、それぞれがアース・ドラゴンの左右の前足を剣の腹で痛打した。
もとと膂力に秀でた二人が補助魔法で身体強化された威力は凄まじく、アース・ドラゴンはよろけそうになった。
グァァッァァァァッ”
アース・ドラゴンは、負けじと威嚇の咆哮をあげる。
ビリビリとアース・ドラゴンが発した覇気も伝わってくる。
しかし……。
咆哮し終わり息を吸おうかという絶妙なタイミングで、ルードヴィヒが発動した大きな火球がアース・ドラゴンの口に飛び込んできた。
息を吐き切っていたアース・ドラゴンは、これを吐き出すこともできず、生理反射的にこれを飲み込まざるを得ない。
結果、アース・ドラゴンは、気道とその先の肺を火球に焼かれ、もはや息ができなくなった。
声を上げることもできないまま、アース・ドラゴンは、そのままドサリと倒れ込むとピクピクと痙攣し、程なくして絶命した。
すかさずルードヴィヒは、アース・ドラゴンの亡骸をストレージの魔法で亜空間へと収納した。亜空間の中では、時間が停止しており、鮮度を保つことができるのである。
ドラゴンの類は、売り払うとかなりの高額が得られる。
そして……。
ほっとしたのもつかの間、森の気配が騒然とした。
木々は騒めき、動物や魔獣たちが叫び声をあげながら逃げ惑っている。
その原因は、すぐにわかった。
まだ、かなり遠方であるが、アース・ドラゴンなど問題にならないほどの巨大生物の姿が見えた。
この距離で視認できることからして、地球最大の生物であるシロナガスクジラよりも更に巨大な大きさだ。
その姿は顔を少し尖らせたカバにも似ているが、長く分厚い体毛が生えている。
「あらぁベヒモスでねぇけぇ?」
「おそらくは……」とクーニグンデが、ルードヴィヒの意をはかりかねるように相槌を打った。
ベヒモスは陸の王者と呼ばれ、海の王者リバイアサン、空の王者ジズと並ぶ三頭一鼎の巨大な怪物である。
「主殿。さすがに奴を相手にしては身が持ちませんぞ」
「なに弱音吐いてるがだ、こん妄想っこきゃあ!」
そう一喝されたニグルがルードヴィヒを見ると、強大な相手を前にして、この上なく愉悦に満ちて高揚していることが見て取れる。
普段はおっとりしていて、あまり喜怒哀楽を表情に表さないルードヴィヒが、このときばかりはニヤリとしているように見えた。
しかし、それは悪魔のような残虐性を秘めているようで不気味に思え、ニグルは背中に悪寒を覚えた。
(こうなってしまっては、もはや主殿は止められない……覚悟を決めるか……)
ルードヴィヒは、ベヒモスを挑発するように凄まじい覇気を発した。
ベヒモスに匹敵するもう1つの覇気を感じた森の動物や魔獣たちは、もはや狂乱状態である。
ベヒモスは、この挑発を感じ取り、ルードヴィヒたちを敵として認識したようで、こちらに向って突進してくる。
が、高木の生えた森も草むらを行くがごとしでスピードが落ちない。
ニグルは、余裕ぶっているルードヴィヒに焦れた。
「主殿。まともにやり合うのは無理です。いっそタルタロスへでも落とせば……」
「すっけん、もったいねぇことできるけぇ」
「では、主殿の闘気刃で足の一本でも切り落とせば、奴も止まるのでは?」
「おめぇがすっけなビビリだったたぁ意外だのぅ」
ふと気づくとクーニグンデが白い目でニグルを見ていた。
(それは、黒竜王に比べれば、どうということはないだろうが……)
それをよそに、ルードヴィヒは魔法の詠唱を始めた。
「我は求め訴えたり。火の精霊よ。燃え盛る炎の大河をもって、かの者の行く手を妨げたまえ。世々限りなき火の精霊王と火の精霊の統合の下、ルードヴィヒが命ずる。烈火の川!」
ベヒモスの前に大河のごとき灼熱の炎が現れ、さしものベヒモスも足が止まった。
その瞬間を狙って、ルードヴィヒが命ずる。
「ニグル、クーニィ。手加減はいらねぇ。行けっ!」
「「承知!」」
ニグルとクーニグンデはベヒモスへと突進し、そこにルークスが身体強化の補助魔法を発動する。
二人は、それぞれにベヒモスの左右の前足に剣で切りかかるが、かすり傷程度しかつかない。
ルードヴィヒは追い打ちをかけるべく、背中に背負ったオリハルコンの双剣を抜くと、ベヒモスに突進し、クーニグンデが付けた僅かな傷の上に闘気を込めた二連撃を放った。
これにより、さしものベヒモスの皮膚も裂け、血がにじみ出た。
すかさず、ルードヴィヒは、その傷口に手を差し込むと極寒の魔法を無詠唱で放つ。
すると、ベヒモスの血液はみるみるうちに凍結していく……。
やがて、ベヒモスは巨大なビルが倒壊するかのような凄まじい大音響を立てながら倒れた。
ルードヴィヒは、ベヒモスの亡骸をストレージの魔法で亜空間へと収納すると、辺りは何事もなかったかのような静寂に包まれた。
森の動物たちは、ルードヴィヒたちに見つからないように息をひそめているのだろう。
ニグルは、緊張の糸が切れ、その場にへたりこんでしまった。
(主殿の力をもってすれば、もっと簡単に倒せるのに……やれやれだ……)
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