角待ちショットガン
まさか見つかったのだろうか? 緊張する41番に対し、しかし侵入者の足取りは慌ただしい。部屋を細かく調べることなく、侵入者は窓際へ歩いて行ったようだ。室内を確保した侵入者は、そこから別の敵を狙っている。
――漁夫の利を狙い、有利なポジションを確保しに来たのだろう。すぐそばで聞こえる射撃音に、41番は静かに呼吸を整えた。
気づかれていない。相手は別の敵に夢中だ。そっと低い姿勢のまま、慎重に距離を詰めていく。
足音を殺し、41番は敵がいる部屋の入口で待機する。こちらから仕掛けてもいいが、ショットガンの場合有用な戦術がある。全く察知されていないなら、なおの事強力な戦法である。そっと『Aタイプショットガン』を構え、相手が動くのを待った。
何度かリロードの音を挟んだ後、侵入者の足音がこちらに近づいてくる。恐らく位置を変えようと部屋から出ていく気だ。41番は部屋の角に張り付き、息を殺して待ち伏せる。部屋から人影が見えた瞬間、激突する勢いで突撃した。
「うおおおおぉっ!」
雄たけびを上げて、銃口を押し付けて散弾銃を発射。小型の弾を拡散して放つショットガンは、至近距離ですさまじい破壊力を発揮する。曲がり角で相手を待ち伏せ、出会い頭に大打撃を与える戦法――通称『角待ちショットガン』を食らわせた。
やられた側はたまったものではない。不意の遭遇戦に加え、一撃で八割から九割体力を持っていかれる。至近距離で響く銃声にのけぞり、驚愕のあまり反応も遅れる。立て直しを図る、と考えが及ぶ前に……41番は排莢を終え、近距離で二発目の散弾を浴びせた。
41が49をキル
全体に流れる履歴が、敵を撃破した証拠となる。目の前にいた人型は出血もなく、幻のように透過して消えていった。
――そこにリアリティは全くない。本当に銃撃戦ゲームで敵を倒した時のような、あっけない消滅だった。そして現実にはあり得ない光景がもう一つ。
ちょうど敵が倒れたところに、ひし形の青い結晶が残っている。41番はすぐに意味を理解し、その結晶に触れた。
「へぇ、デスボこんな感じなのか」
デスボとは『デス・ボックス』の略称である。
撃破した敵の所有品は消えてなくならない。倒された地点に残留し、生存中のプレイヤーが好きに漁ることができる。手持ちのアイテムに不安を覚えた時は、ハイエナよろしく漁る事も珍しくないが……やはり撃破したプレイヤーが、真っ先に触れて回収することが多い。
消耗品を入れ替え、所有するアイテムの質を上げた41番は、団地の裏口に向かった。
傷を負っていないとはいえ、二発分の散弾銃の銃声を鳴らしてしまったのだ。誰かに聞かれていた場合、ここを見に来ないとも限らない。ここでデス・ボックスを囮に待ち伏せる手もあるが、少し用心深い奴なら手榴弾を使うだろう。ここに入った時41番がやったように。
他の敵の介入を招く前に移動するしかない。すぐに扉を出て41番は団地の入口まで戻った。時折足を止めたり、曲がり角に注意しつつ前進する。何とか外に出たところで、手榴弾の破砕音が聞こえた。
48が30をキル
27が48をキル
29が27をキル
連続で流れたキルログは、典型的な漁夫の連鎖の履歴だ。敵を倒したと思ったところに、別の敵が現れ倒される。しかしその介入者も、別のプレイヤーに撃破された……といった記録だ。
何より恐ろしいのは――まだ地獄は終わっていない点だ。爆発音も、銃声も、そして車やらバイクやらが次々と乗り付け、新しい参戦者が弾丸をばら撒くのが止まらない。現場にいる人間にしかわからない事だが、次から次へと獰猛な奴らが飛び込み、銃声と爆薬音と怒声が止まらぬ状況になる。まるで火薬庫に火が付いたようなありさまだ。
「ひえぇぇ……」
最終的に、全員を倒さなければならないが……最初の『制限エリア』縮小前で脱落したくない。41番も敵を撃破したものの、あれは低いリスクで倒せる状況があったからだ。自分から地獄の窯に飛び込む度胸はない。
出来るだけ遮蔽物に身を隠しながら、41番は乗り付けられた一台の車に乗り込む。血の気の多い誰かが乗り捨てたものだろう。その一つを拝借して、全速力で脱出を試みた。
が、戦意溢れる連中が見逃すはずがなかった。エンジンの音を聞きつけた敵は、すぐに銃口をこちらに向けてくる。弾丸が車体に殺到し、乱暴に車をせっつく音が聞こえる。発車は出来たものの、甲高い破裂音と共に車体が揺らいだ。
「まずい、ホイールが……!」
後輪をやられたらしい。明らかにハンドルの利きが悪くなり、速度も大きく下がってしまう。それでも徒歩よりははるかに速いし、何とか振り切れないかと、車を左右に振りながら『制限エリア』内に進んでいく。
しかし、どいつもこいつも、まるで示し合わせたかのように銃弾を飛ばしてくる。後輪の両方は破壊され、さらに車体の一部からも煙が噴き出てきた。このままでは車が破壊され、大爆発と共に車内のプレイヤーは退場だ。
急いで減速をかけ、飛び降りれるスピードまで速度を落とす。41番が脱出し、慣性の法則で動く空の車は、しばらく銃弾を浴びつつけ――派手に爆発した。
「あ、危なかった……!」
心底恐怖した41番は、しばらくは草むらを匍匐前進で進む。
背中から聞こえる銃声と、流れるキルログはしばらく途切れることがなかった。