降下開始
気が付けば、転生希望者たちは島の手前の空に飛ばされていた。彼らは光のキューブ内に閉じ込められており、それはゆっくりと、島上空へ向かっていた。まだ距離はあるが、このまま進めば、島上空を横断する軌道を取るだろう。遠目に見えるその島は、生活した人だけがそっくり消えてしまったような印象を受ける。恐らくは現実にある島を投射し、再現しただけなのだろう。
“さー記念すべき最初のゲームだ! 今、光のキューブの色は赤だな? 降りてよいタイミングになれば青色に代わる。そしたら好きなタイミングで飛び降りな。飛行距離は……今回は試しってことで、端から端までギリ飛べるように調整している。存分に考えて戦略を練るんだな”
それが、神を名乗った主催者の最後のメッセージだった。まだ実感を持てない者やゴネる者、敵同士であるにもかかわらず『どうする!?』と互いに無意味に相談しあう者……混乱の最中、キューブが舞台に差し掛かると、転生希望者を取り囲むキューブの色が赤から青に変わった。
「いやっっ……ふぉおおおおおっ!!」
『!?』
色が変わった瞬間に、一人の男が威勢よくキューブから飛び出した。多くの者が迷ったり『見』に回る中、心の底からの歓喜を叫んで、その参加者は降下していく……
まだざわつきが収まらないが……最初の一人が飛び込めば、後から続く者も生まれる。迷いながらも、腹を決めた転生希望者たちから、地表に向かって降りて行った。
半数が下りたタイミングは、通行ルート大きく過ぎてからだ。
結構な割合の人間が、様子見に回っていたところもある。何せ最初のゲームで、しかも勝負は一回きりだ。敗北リスクはないが、勝利できれば望み通りの異世界転生ができる……そうなれば慎重になる参加者が多いのも、それはそれで仕方のない事だろう。最初に躊躇なくダイブした転生希望者は、かなりの例外と言えた。
迷いながら、苦しみながら、それでも地上のゲーム舞台に向かって、飛び降りていく参加者たち。しかし端っこの方まで来ても、まだ決められずにグズグズと、キューブ内で『敵同士にも関わらず、どうするどうする?』と不安のまま、不毛な話し合いと続ける面々が残っていた。
――いったい彼らは、何をしているのだろう?
せっかく与えられた機会だ。百人に一人、1%の確率とはいえ、望み通りのチート転生の可能性は与えられている。説明のマニュアルも頭に直接叩き込まれているし、時間も用意もされている。そして『全員が敵』とも……ちゃんと最初に通知されている事だ。
なのに自分で考えない。なのに自分で動かない。与えられた時間も機会も有効に使えず、他の人間に置いて行かれ続ける……
やがてエリアの最果てにたどり着くと、突如として光のキューブは消滅した。残っていた約二十人のプレイヤーは投げ出され、慌てふためき悲鳴を上げて落ちていく。
中には主催者を罵倒する者もいるが、なんとお門違いな事か。
最果てに到達時で、自動で落下するシステムさえ慈悲の一環。もし『自力で降りなければ即失格』のルールが含まれていたら、彼らは何の機会も得られずゲームオーバーだ。
慌てふためくこともない、自動で体もバランスをとれる。行きたい方向へ好きなように飛べるのに……彼らは放り出されたにも関わらず、同じように投げ出された者同士で群れた。
混乱し、恐怖し、けれど何も考えず、ただ近い立場の人間同士で群れる。不安を不安と喚くばかりで、決して対峙することも向き合うことはしない。端っこの方にあった小さな集落へ、約二十名ほどの参加者が集中した。
「ど、どうするよ……」
「どうするって……」
着陸してもなお……何も自分で探し出さず、すでに始まったゲームの中で……完全に立ちすくんでいた。
しかし中には、活動を始める者もいた。
「え、ええぇいっ!!」
「う、うわっ!?」
素手で相手に殴り掛かる参加者。攻撃方法としては最低な手段だが、始まったゲームの中で、敵を倒す方法には違いない。反撃する形で、泥沼の殴り合いによる戦闘が始まった。
逃げ惑う者もいれば、立ち向かう者もいる。共通するのはようやく、彼らはこのバトルロワイヤルの舞台に初めて上がったのだ。
「ぐっ……この! やめろよ!」
「勝つ! こ、ここで勝って……!」
「い、嫌だ! 脱落は……!」
情けなくも戦う、素手で戦闘する参加者たち。それは涙ぐましくもあるが、しかし根本的にズレていた。
正面から殴り合う参加者へ――無数の銃声が響いた。
「「あ……」」
そう、今回のゲームは『銃器が前提のバトルロワイヤル』だ。本当に最適解を取るならば……真っ先に敵の所に飛び降りることではない。最低限戦闘を行える武器を拾ってから、銃撃戦に移行する……これが自然な回答だ。
なのに……無数の人間がいる集団に降りた挙句
武器やアイテムを拾わずに棒立ちし
未だに不安だと敵と相談し
すぐ考えれば見える回答も忘れて殴り合う。
挙句彼らが脱落する寸前、よぎった感想がこれである。
「いきなり銃を使うなんてズルだ!」
そんな悲鳴を上げながら……最初の脱落者が、参加者たちの死亡記録へと刻まれた。